第21話 手のかかる悪い子ですね

「シルヴェステルはこのことを知っていたの?」

「ええ、ユスが初めて魔術測定を受けた日、あの場にはわたしも居合わせていましたから」

「だったらどうして!」


 初めから教えてくれていれば。

 ユスティーナだって、こんなにもダメージは受けなかったはずだ。


「わたしの口から聞いてもユスは納得できなかったでしょう? それに調査は魔術師長主導で行われました。わたしも当時彼から簡潔に結果を聞いただけでしたので」

「もういい!」


 その日ユスティーナは早々に部屋に引きこもった。

 腹いせのように乱暴にドアを閉め、大事に隠しておいた禁書の切れ端を引き出しから取り出した。


「こんなもの……!」


 ぐしゃぐしゃに丸めて床へ叩きつける。

 封印される魔力など、そもそも初めからユスティーナにはなかったのだ。

 突然射した光明だっただけに、この失望の大きさは計り知れない。


 何もかもやる気を失って、それからしばらくの間ユスティーナは無気力な日々を過ごした。



 *†*



 防壁の見回りから戻る途中で、シルヴェステルはクラウスの姿を見かけた。

 目が合うと、一目散に駆け寄ってくる。


「シルヴェステル様! 最近よくお会いしますね!」


 そんなに自分と会えるのがうれしいのだろうか。

 忠犬さながらに尾を振っていそうなクラウスに、シルヴェステルは社交辞令の笑みを返した。


「シルヴェステル様は今からどちらへ?」

「ユスティーナ様をお迎えに行くところです。今日は定例茶会が催されておりますので」

「奇遇ですね! わたしもリュリュ様を迎えに行くところだったんですよ」


 今日は王女ふたりと若い貴族たちを中心にした交流のための定例茶会だ。

 ユスティーナはまた孤立しているかもしれない。それが気がかりでいたが、リュリュがいるなら話は別だ。


(リュリュ・サロ……何とも厄介な。こういったとき、平民籍の魔術師でいる弊害が表に出てきますね)


 どんなにユスティーナを囲っていたくても、今の立場ではずっとそばにいるのは不可能だ。

 だが貴族になればなったで、どこの馬の骨とも知れない令嬢と無理矢理にでも婚姻させられるはめに陥るだろう。

 優秀なシルヴェステルを養子に迎えたい貴族は後を絶たない。これまでその申し出をことごとく跳ねのけてきたシルヴェステルだ。


「ときにクラウス様。ユスティーナ様に魔力封印の禁呪の話をされたそうですね?」

「ああ、そういえばそんな話をしましたね」

「なぜこの前お話を伺ったときに、そのことを教えていただけなかったのでしょう?」


 暗に批判の圧を含ませる。

 王立図書館での会話を探ったときにそれを聞かされていれば、ユスティーナが挙動不審だった原因がもっと早く掴めただろうに。


「ふぇっ、えっと、禁呪の話は返却期限の本をお預かりに行ったときに、ユスティーナ様から聞かれたことだったので……」

「ユスティーナ様の方から?」

「はい、魔力封印の魔術を知っているかと。すみません、その話もお伝えすればよかったですね。ユスティーナ様……あの日もなんだか思い詰めた様子でいらっしゃいましたし」

「いえ、いいんですよ。その件はもう解決しましたから」


 にっこりと返すと、クラウスは目に見えてほっとした顔をした。


(それにしてもおかしいですね。クラウス様から吹き込まれたのでなければ、ユスはどうやって魔力封印の禁呪に辿りついたのでしょう……)


 この期に及んで、ユスティーナはまだシルヴェステルに隠し事をしているということか。


(手のかかる悪い子ですね)


 ふっと小さな笑みが漏れる。


「それじゃあユスティーナ様はお元気を取り戻されたんですね? よかった、リュリュ様も心配していたんですよ」

「リュリュ様が?」

「はい、この前課外授業でお会いしたときに少し様子がおかしかったからと」

「そうですか。ですがリュリュ様にお伝えください。ユスティーナ様にはわたしがついているのでそのような心配は不要ですと」

「そうなんですよね……ユスティーナ様のお話は基本シルヴェステル様のことばかりで。思いが空回りするリュリュ様を見ていると、ほんとお可哀そうで」


 ほろりとした様子で、クラウスが目頭を押さえる仕草をした。


「シルヴェステル様もなんとかリュリュ様を応援していただけないですかね? なぁんとなくでもいいので、リュリュ様の株がちょっと上がりそうなことを言っていただいたりだとか……」

「無理ですね」


 冷たく返すとクラウスは今にも泣きそうになった。


「そこをなんとか……」

「サロ公爵家のご長男としての立場を考えますと、リュリュ様は将来マリカ王女を妻に迎えるのでは?」

「うう、そうなんですよね。でもリュリュ様のお気持ちを思うと……」


 うじうじと言い続けるクラウスを置いてさっさと歩き始める。


(ユハ王も早いところ、マリカ王女とリュリュ・サロの婚約を取り決めてくれればいいものを)


 今までしてきたように、ユスティーナを伴侶に望む人間は秘密裏に排除しなくては。


 そのあともクラウスと他愛のない会話を続けながら、シルヴェステルはユスティーナの元へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る