第20話 精霊王の祝福

 話を聞くべく、シルヴェステルに連れられて魔導院に赴いた。

 挨拶もそこそこに魔術師長が要件を促してくる。


「それでユスティーナ王女、お話とはなんですかな?」

「わたくしが初めて魔術測定を受けた日のことを、詳しく聞きたいと思って……」

「あの日の話を?」

「ええ、最初のあのときだけはわたくしは魔術が使えていたのでしょう? それがどうして今この状態になってしまったのか、その理由を知りたくって」


 魔力封印の禁呪の話は出さないようにとシルヴェステルから言われている。

 余計な詮索や調査をされると、シルヴェステルと引き離されることもあり得ると言う理由からだ。


「ふむ、そうですか。確かにあの日ユスティーナ王女は見事な魔術を展開なさった。六大精霊王のうち四人を召喚し、それはそれは見事な光景でしたな」

「精霊王を四人も? 眷属ではなくて王自体を召喚したの?」

「その通りです。召喚されたのはセイリュウ、ビャッコ、スザク、ゲンブの四王でした」


 それぞれは水・風・火・地の精霊王だ。

 その眷属の精霊を呼び出すだけでも、才ある者と称賛される。王自体、しかも複数を呼び出すなどと、たぐい稀なる魔術師と言えるだろう。


「我々も初めは驚きました。しかし翌年から王女は精霊王を召喚するどころか、人並みの魔力すらお持ちでなくなった」

「一体なぜ……」

「当時多角的に様々な調査がなされました。その結果導かれた答えは、あの日ユスティーナ王女の偉業に見えたものは、アレクサンドラ様の愛し子へ贈られた精霊王たちの祝福だったということです」

「わたくしがお母様の娘だから祝福を受けたと言うこと?」

「おっしゃる通り。アレクサンドラ様は多くの魔力属性をお持ちでした。そのため王たちに特別気に入られておられたのでしょう」


 ユスティーナは絶句した。

 あの日の奇跡はユスティーナ自身が起こしたものではなく、亡き母がもたらした恩恵と言う名のおこぼれだったのだ。


「ほかにお知りになりたいことはございますかな?」

「いいえ……忙しいのに時間を取らせて悪かったわ」


 色を失くした唇で、そう答えるのが精いっぱいだった。

 気が遠くなりそうな状態で、ユスティーナは気丈にもなんとか立ち上がった。


「ミッコ! ミッコ、いないの!? 言われていた課題が終わったのよ。このわたくしが自ら見せに来たわ!」


 甲高いマリカの声がして、ユスティーナははっと振り返った。

 ノックもなく扉が開け放たれる。見事にマリカと目が合ったユスティーナは、いつの間にかシルヴェステルに背を支えられていた。


「……どうしてお姉様がここにいるの?」


 あからさまな敵意を向けられて、ユスティーナはひゅっと息を吸いこんだ。喉の奥が詰まって言葉のひとつも出てこない。

 そんなユスティーナを庇うようにシルヴェステルが半歩前に出た。


「ユスティーナ様はもうお帰りです。マリカ王女、どうぞごゆっくり魔術師長とお話しなさってください」

「シルヴェステル・ハハリ。お前になど聞いていないわ」

「それは大変失礼をいたしました。では魔術師長、これで失礼させていただきます」

「待ちなさい!」


 ユスティーナを連れて出て行こうとしたシルヴェステルを、マリカは睨みつけてくる。

 かと思うとふふんと不遜な笑みを浮かべ、見下すように腕組みをした。


「この前のこと、今ならまだ許してあげる。今日からでいいわ。あなた、わたくしの家庭教師を務めなさい」


 驚きでユスティーナはシルヴェステルを見た。

 優秀なマリカにシルヴェステルを取られてしまう。絶望がさらに深くなった。


「その件ならすでにお断りしたはずですが」

「だからその無礼を許すと言っているのよ!」


 語気を荒げたマリカを前に、シルヴェステルは動じた様子もない。

 ユスティーナの背に手を添えて、一緒に退出を促してきた。


「マリカ王女、それはもう終わった話ですぞ」

「ミッコは黙ってて!」


 ひと言で魔術師長を黙らせたマリカは憤怒の形相だ。


「わたくしを怒らせたこと、心底後悔させてあげるわ」


 部屋を出る寸前、マリカの低い声がした。


「シルヴェステル……」

「大丈夫ですよ、ユス」


 耳元でやさしく言われ、戸惑いと失望の中、ユスティーナは魔導院をあとにした。

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