第19話 新たな犯人捜し
気がついたら翌日の朝だった。
いつ部屋に戻ったかも記憶になくて、ユスティーナは首をかしげつつ身支度を済ませた。
昨日のシルヴェステルとの会話を思い起こす。重かった気持ちが、なんだか今はとても晴れやかだ。
(シルヴェステルを信じよう……だって、シルヴェステルが犯人だって決まったわけじゃないんだもの)
だとしたらこれ以上疑心暗鬼になってもしょうがない。
ユスティーナにとっては、ふたりで過ごしてきた時間がすべてなのだから。
「そうよ、きっと真犯人は別にいるんだわ。わたくしの魔力を邪魔に思うような、そんな不埒な人間が……」
こうなったら犯人捜しを始めるしかない。
決意も新たに、シルヴェステルの待つ勉強部屋へと向かった。
*†*
「随分と顔色が良くなりましたね、ユス」
「昨日はごめんなさい。わたくし途中で寝てしまったみたいで……」
「寝不足だったのでしょう? 問題ありませんよ。ユスの健康管理もわたしの務めです」
シルヴェステルと普段通りに接することができてほっと息をつく。
「ねぇ、シルヴェステル。勉強を始める前にひとつだけ聞きたいことがあるの」
意を決して話を切り出した。
疑いを疑いのままにしておくのも気持ちが悪い。信じているからこそ、聞くべきことは聞いておかなければ。
「シルヴェステルは魔力を封印する魔術があるって知っている?」
「
平然と答えられた上に逆に聞き返される。
ユスティーナは一瞬口ごもった。
「く、クラウスからそんな話を聞いたのよ。それでちょっと気になって」
図書館の隠し部屋に入り込み、禁書を破り取ってきたとは言い出せない。
それがバレたらリュリュに迷惑がかかるからと、いい訳のようにとっさに嘘をついた自分を納得させた。
「クラウス様から? なるほど、元凶はそれでしたか」
「え?」
「いいえ、独り言です。お気になさらず」
いつもと変わらない笑みを浮かべるシルヴェステルを見て、ますます安心感が深まった。
もしもシルヴェステルが犯人だったなら、魔術封印の言葉に動揺のひとつくらいは見せるはずだ。
「シルヴェステルはその禁呪を使おうと思えば使えたりする?」
「無理ですね。現在は術式の一部すら残されていませんし」
「もし術式を知っていたら? どう? できそう?」
「実際に見てみないと判断はできませんが……他人の魔力を封じるとなると、流石のわたしでも難しいとは思いますね」
「そう、そうよね!」
嘘を言っているようには見えなくて、ユスティーナの顔がぱぁっと明るくなった。
(夢でわたくしを閉じ込めてくる壁とシルヴェステルの創る光る模様は、似てるけどきっと違うものなんだわ!)
自分が勘違いしていただけなのだ。完全に疑いが晴れ、ユスティーナは途端に上機嫌になった。
怖いものがなくなって、好奇心のままいろいろと聞いてみたくなる。
「ねぇ、だったら、お母様ならできたと思う?」
「ええ、アレクサンドラ様でしたら」
シルヴェステルが即答するくらいだ。
ユスティーナの母親は本当に偉大な魔術師だったのだろう。
(わたくしはその血を受け継いでいる……)
もしも封じられた魔力を取り戻せたら。
ユスティーナは二度と誰にも馬鹿にされることはなくなるに違いない。
「わたくしね、その話を聞いて、わたくしの魔力は誰かに封印されたんじゃないかって思ったの……」
「ああ、それでわたしを疑ったのですか?」
「だ、だってシルヴェステルはこの国最強の魔術師だもの! そんなことができるのは、シルヴェステルくらいしか思いつかなかったから……!」
慌てて言ったユスティーナに怒るでもなく、シルヴェステルはくすりと笑みをこぼした。
「それは光栄ですね。ですがさっきも言った通り、このわたしにはそんな危険な魔術を扱うことはできないですよ」
「ごめんなさい」
「怒っているわけではありませんよ。よく話してくれましたね、ユス」
やさしく頭を撫でられて、ユスティーナは思わず泣きそうになった。
もっと早くに相談していれば。そんな後悔ばかりが込み上げる。
「ですが、ユスの魔力が封印されたなどと、どうしてそんな飛躍したことを考えたのですか?」
「わたくし、昔から狭い場所に閉じ込められる夢を何度も見るの……」
禁書で得た情報を口に出せない以上、壁の幾何学模様のことも話せない。
なんとか濁して説明しようと、ユスティーナは懸命に言葉を選んだ。
「ああ、ユスはやたらと泣きながら目覚めていた時期がありましたね。部屋にひとり放っておかれて、誰も遊んでくれないと言って」
「わたくしがそんなことを……?」
「そのたびにわたしが一日中ままごと遊びに付き合いましたけどね」
そのシーンを想像して、ユスティーナは恥ずかしさで頬を染めた。
国いちばんの魔術師を捕まえて、ままごと遊びはないだろう。
「と、とにかく、いつもそこから出たくても出られなくて、だからそれが封印の魔術なんじゃないかって思ったのよ」
「なるほど」
「それにわたくし、最初の魔力測定の日にはちゃんと魔術が使えたのでしょう? あまりよく覚えてないのだけれど、自由に魔術が使えて楽しかったことだけは覚えてるの」
魔力持ちの子供は普段、魔力制御の腕輪で力を押さえられている。六歳で初めて腕輪を外され、力量を見定めるために魔力測定を受けることが決められていた。
ユスティーナもその時に生まれて初めて魔力を使った。感覚だけで大人顔負けの魔術を披露し、神童の誕生ともてはやされるほどだったらしい。
しかし翌年に受けた魔術測定で、ユスティーナはこれまでの幼児記録の最低値を更新した。大きな期待を背負っていただけに、周囲の落胆はすごかったそうだ。
急に魔力値が低下するなど、普通に考えてあまりにも不自然だ。それが魔力を封印されたのだとしたら、符号が合うというものだろう。
「もし本当に禁呪をかけられたのなら……わたくし、どうしても魔力を取り戻したいの」
ぎゅっとこぶしを握りしめる。
マリカたちに嘲りの言葉をぶつられる日々はもうたくさんだった。
「……分かりました。ユスが初めて魔術測定を受けた日のことは、魔術師長が良く知っていると思います。一度話を聞いてみますか?」
「いいの!?」
「もちろんですよ」
「ありがとう、シルヴェステル!」
快く頷いたシルヴェステルに、よろこびのあまり勢いよく抱き着いた。
「何と言っても大事なユスのためですからね」
あやすようにユスティーナの背中をぽんぽんとやさしく叩いてくる。
「もう! 子供扱いしないでって言ってるでしょう?」
「そうしたいは山々なのですけれどね」
苦笑いとともに返されて、ユスティーナの頬はさらにぷくりと大きく膨らんだ。
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