第18話 そんなのは嫌
(駄目、やっぱり怖くて聞けない……!)
冷淡で皮肉屋で厳しくもあるシルヴェステルだ。だがユスティーナが本当に甘やかしてほしいときに、温もりをくれたのはいつだってシルヴェステルだった。
真実を聞いて失うのが怖くなる。
だとしても封印された魔力を、あきらめることもしたくなかった。
黙って返答を待つシルヴェステルを、ユスティーナは近い距離で見降ろした。その瞳には恐れも動揺も見いだせない。
(シルヴェステルを信じたい。信じたいけど……)
状況証拠が揃ってしまっている今、ユスティーナの心にブレーキがかけられる。
「ユス?」
もう一度促されて、ユスティーナは唇をかみしめた。
掴まれた手に逃げ出すことも叶わない。シルヴェステルのことだ。白状するまではきっとここから連れ出すことはしないだろう。
「シルヴェステルは……結婚をする気はないの?」
言いかけて、ほかに気がかりだったことをユスティーナは口にした。
どうしても言い出すことができなくて、ぎりぎりで本音に蓋をしてしまう。
「結婚? しませんよ、そんなもの」
「どうして? お母様が好きだから?」
勢いのまま問うてみる。
こんなときでなければ、絶対に聞くことはできなかったろうから。
「アレクサンドラ様はわたしの魔術の師匠ですからね。それは今でも敬愛申し上げておりますよ」
「魔術の先生として? それだけなの?」
「ええ、もちろん。ほかに何があると言うのです?」
「それは……ひとりの女の人としてとか……」
「あり得ませんね」
軽く肩をすくめたシルヴェステルが嘘を言ってるようには見えなかった。そのことにほっとしている自分がいる。
疑念だらけのシルヴェステルに、どうしてこんな気持ちを抱いてしまうのか。
自分がどうしたいのかも分からなくなってきて、ユスティーナの頭の中はますます混乱に陥った。
「ユス、あなたはわたしに結婚してほしいのですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「けど?」
「もしわたくしに遠慮しているなら、シルヴェステルに悪いと思って……」
「本当にいいのですか? わたしがユスの知らない誰かと結婚したとしても」
そう言われて想像してしまった。
自分以外の誰かと並び立つシルヴェステル。その腕には小さな子供が抱かれている。ユスティーナではないその子供は、無邪気に笑ってシルヴェステルに甘えていた。
「そんなのは嫌……!」
弾かれるようにシルヴェステルの腕へと飛び込んだ。
その膝に乗り上げて、幼いころからしてきたようにぎゅうっと首にしがみつく。
(シルヴェステルはわたくしのものだもの!)
どうあってもこの温もりを手放せない。
そう降参せざるを得なくて、ユスティーナはさらにきつく抱き着いた。
「大丈夫ですよ、ユス。わたしはあなたの元を離れたりはしません」
「絶対に?」
「ええ、絶対に」
観念した途端、全身から力が抜けていく。もたれかかった胸板に、ユスティーナは甘える子猫のように頬ずりをした。
シルヴェステルの大きな手が、あやしながら背中をやさしく撫でてくる。
言い知れない安堵の中、心地よい睡魔が訪れた。
そのままユスティーナは、シルヴェステルの腕の中で深い眠りに落ちていった。
*†*
眠りを誘う魔術を唱えると、ほどなくしてユスティーナは寝息を立て始める。
ここ数日はずっと睡眠不足の様子だった。目の下の隈にそっと指を這わせると、ユスティーナはくすぐったそうに口元を綻ばせた。
(やれやれ……わたしを男として意識し始めたのかと思いきや)
どうやらユスティーナはまだまだ子供でいたいらしい。
あどけなさの残るユスティーナを、閉じ込めるように抱きしめ直す。
「あなたはそれでいいのですよ。ユス……どうぞ、ゆっくりと大人になってください」
囁いて、そのつむじの上、シルヴェステルは触れるだけの口づけをそっと落とした。
(……それにしても、ユスはまだ隠し事をしているようですね)
いちばん言い出したいことを言い出せないときに、優先順位の低い言い出しづらいことをユスティーナはうっかり口にすることがよくあった。
まだいろいろと探る必要がありそうだ。
夕日に染まるユスティーナの頬をなで、シルヴェステルはたのしげな笑みを漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます