第17話 逃げ場もなくて
リュリュたちと別れ、広すぎる城の庭をユスティーナは足早に進んでいた。
その後ろをシルヴェステルが黙ってついてくる。
(戻ったら今日はもう寝てしまおう)
寝不足気味であくびを噛み殺した。
持ち帰った禁書の切れ端を、ユスティーナはあれから何とか読み解いた。毎晩深夜まで頑張って、すべてとはいかないまでも大体の所は翻訳を終えている。
絵柄に描かれている術式の魔術は魔力を封印するためのものであり、これは禁呪として分類される。
要約すると概ねそんな感じのことが書かれていた。
結局のところ、クラウスから聞いたことと大差ない内容だ。
(呪いを解く方法が載っていればよかったのに……)
持ち帰ったページの先に、解呪の仕方が記されている可能性はある。
リュリュに頼んでもう一度王立図書館に行きたいが、シルヴェステルがそれを許すとは思えなかった。
(シルヴェステルに連れ行ってもらっても、わたくしだけでは隠し部屋には入れないし……)
扉の解呪には魔術が必要だ。ユスティーナの魔力ではどうにもならないことだった。
仮に開けられたとしても、シルヴェステルの目を盗んで部屋に籠るのはさらに困難だろう。
(こうなったら、わたくしの魔力が封印されているかもしれないことを、お父様に話してみるしかないかしら……)
しかしそれをしたら、疑われるのはシルヴェステルだ。
王女に魔力封印の呪いをかけたなどと判明したら、下手をするとシルヴェステルは死刑になるかもしれなかった。
(駄目よ、そんなこと……!)
想像しただけで怖くなる。
いつの間にか歩を止めて、ユスティーナはその場で立ち尽くしていた。
「ユス」
突然シルヴェステルに腕を引かれ、膝裏を掬い上げられた。
横抱きに高く持ち上げられて、驚きでその首筋にしがみつく。
「な、なんなのよ、いきなりっ」
「久しぶりです。少し行きましょうか」
どこへ、と問いかける間もなく、ユスティーナを抱えたままシルヴェステルの体がふわりと浮き上がった。
あっという間に急上昇して、気づけばふたりは城を見下ろす空中にいた。
「ちょっと! わたくし今日はスカートなのよ!?」
「すぐに降りますよ」
強風に煽られて、ユスティーナは思わず目をつむった。
すぐに着地した感覚がして、その場にそっと下ろされる。顔を上げると、そこは城の上部にある見晴らし台の中だった。
「わあっ」
広がる景色に目を見張る。
夕日に照らされる城下の街並み。沈みかけの太陽。巣に帰る鳥の群れが遠くの空で列をなす。
手すりから身を乗り出して、ユスティーナの長い髪が茜色の空に向かって舞い上がった。
状況も忘れユスティーナは、しばらく間その景色に魅入っていた。
ふと背中に視線を感じて振り返る。
そこには備え付けの木のベンチに腰かけて、静かにユスティーナを見つめるシルヴェステルがいた。
逃げ場のないふたりきりの空間で、交わす言葉が見つからない。
「ユスティーナ」
逸らした視線を咎めるでもなく、穏やかな口調で名を呼ばれた。
仕方なく顔を向けると、シルヴェステルがまっすぐ手を差し伸べてくる。
おずおずと手を預けると、やさしく引かれてユスティーナは座るシルヴェステルの膝の間に立った。
「何かわたしに言いたいことがあるのでしょう?」
突然の問いかけに呼吸が止まる。
様子のおかしい自分のことなど、とっくにお見通しだったのだろう。
昔から意地を張るユスティーナのために、シルヴェステルは忙しい中でも時間を取って真摯に向き合ってくれてきた。
(でもなんて聞いたらいいの……?)
自分の魔力を封印したのはシルヴェステルなのか。
その答えがイエスだったとしたら、ユスティーナは一体どうしたらいいと言うのだろうか。
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