第16話 籠の鳥
「それにしてもユスティーナ様は、術式を広い視野で見ることに長けておられますね。普段どんな指導をなさっているのですか?」
「わたしは術式の基礎をお教えしているだけですよ」
「基礎だけを?」
「ええ、ひたすら各魔術属性の基礎の基礎を。ただそれだけです」
「またまたぁ、何か特別な知識がなければ絶対にああはなれないでしょう?」
クラウスは信じられないといった様子だが、実際にそれしか教えていないのは本当だった。
魔術の術式とはすべてがフラクタルだ。
最小単位の術式が折り重なって出来上がる魔術は、どんなに大きくなったとしても結局のところ最小術式と同じ図形を
複雑に見える防壁魔術にも、明らかにその規則性が存在していた。ユスティーナはそれを俯瞰して見ることが得意なだけだ。
もっともそうなるように教え込んだは、シルヴェステルに他ならないが。
「規則性って言われましても……わたしにはデタラメな配置にしか見えませんけどね」
クラウスが乾いた笑いをもらした。
確かにこの防壁は火・水・風・金・土・木など、様々な属性の魔術が複雑怪奇に入り組んで作られている。
このデタラメにも思える術式の中で規則性を見出せるかどうかは、本人のセンスに大きく左右されるところだろう。
「ときにクラウス様。先日王城図書館に行った際に、ユスティーナ様とはどのような会話をされましたか?」
「どんな……とは?」
「ユスティーナ様が何に興味を示されたのかを知りたいと思いましてね。今後の授業の参考にしたいのですよ」
「ああ、なるほど、さすがはシルヴェステル様。ええと、そうですね。ユスティーナ様はやはり魔術術式にいちばんご興味をお持ちのようでした」
「そうですか」
相槌を打ちながら、シルヴェステルはそれらしい会話を並べ立てていく。
怪しまれない範囲であの日に何があったのかを、あれこれとクラウスから探っていった。
「ほかにはもうないでしょうか? 勉学以外のことでも構いませんよ。例えばわたしに関する話題だとか」
どれも決め手がなくて、ついでのように確信に迫った。
言葉尻に笑いを含ませたシルヴェステルに、クラウスは何も疑問に思わなかったようだ。
「そうそう、シルヴェステル様の噂で……あっ、いえ、というか会話の流れで、アレクサンドラ様の話題なら出ましたね」
クラウスは何かを誤魔化そうとしているようだ。
それにアレクサンドラの話だけで、ユスティーナがあんな態度を取るとは到底思えない。
「わたしの噂とは? その方が気になるのですが」
「う、えっとその、実は……シルヴェステル様の想い人はアレクサンドラ様だと。あっ、わたしの見解じゃないですよ? そんな噂があるって話ですっ」
冷や汗をかきながらクラウスは正直に白状した。
なんでまたそんな噂が。そう思ったが、先日マリカ王女に呼び立てられたときにした魔術師長との会話を思い出す。
(まさに壁に耳あり、ですね)
くだらないと思いつつ、ユスティーナがおかしくなった原因は最早そこしかなさそうだ。
もう聞くことはないと話を切り上げようとしたとき、クラウスが何やら声をひそませてきた。
「あと実は……ユスティーナ様はリュリュ様と例の隠し部屋に入られたみたいで……」
「あの部屋に?」
王立図書館には、大人のいたずら心で作られた隠し部屋が存在している。
知識と実力をつけだした優秀な若者が、その存在に気づいて試行錯誤した末、見事部屋に入るまでが一連の仕組まれた流れだ。
秘密の部屋を見つけた者は後にネタばらしをされ、大人に踊らされていたことに落胆するまでがお約束のことだった。
「もしかしたらユスティーナ様、スロ王の
宝探しの醍醐味として、インパクトのあるものばかりが置かれている隠し部屋だ。
中でも怨念たっぷりの王笏は、目玉商品として長いこと笑いの種になっている。
(なんとも趣味の悪い……)
息をつき、ユスティーナの華奢な背中を見やる。
王笏を怖がっているだけのことなら、ユスティーナは素直に泣きついてくるはずだ。
(さて、どうやって話を持って行きましょうかね)
ここに来て籠の鳥を逃がすわけにはいかない。
これまで誰にも触れさせずに来た、大事な大事な籠の鳥だ。
「ユスティーナ様、日も暮れてきました。そろそろ戻ることにいたしましょう」
一瞬怯えが走ったユスティーナは、さっと視線を逸らした。
そんな彼女に向けて、シルヴェステルはやわらかな笑みを口元に刻み込んだ。
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