第15話 課外授業
ここのところユスティーナの様子がどうにもおかしい。
そう感じるようになったのは、明らかに王立図書館から戻ったあとからだった。
昔からユスティーナはよく見え見えの嘘をつく。
どれも弱みを見せまいとする強がりからで、そんなユスティーナの胸の内を白状させるなど、シルヴェステルにはお手のものだ。
だが最近のユスティーナはことあるごとに反抗的な態度を取ってくる。
あの頑なな強張り加減は、思春期特有の苛立ちとも違った何かを感じさせた。
例えて言うなら誰かに何かを吹き込まれた、そんな不自然さを醸し出している。
(このわたしに隠し事ですか)
可愛らしい挑戦状に、ユスティーナも大きくなったものだとシルヴェステルはそんなことを考えていた。
「ユス、今日は課外授業にしましょうか」
「いいの!?」
「ええ、見るのも勉強のうちですからね」
部屋の中でふたりきりにならずに済むことが、そんなにもうれしいらしい。
あからさまにほっとしているユスティーナの分かりやすさが、逆に微笑ましくさえ思えてくる。
(わたしを意識するようになったと言うのなら僥倖ですがね)
今は問い詰めたとしても、意地を張って余計に閉じこもるだけだろう。
ある程度理由を確認するまでは、静観することにしたシルヴェステルだ。
外に出て、ふたりで天を仰いだ。
国土を守る魔術の防壁は、上空もすっぽりとドーム状に覆っている。太陽の下で目を凝らすと、雨上がりの蜘蛛の巣のような煌めきがそこかしこに垣間見えた。
その美しさの中から、魔術師たちは幾重にも織りなす術式を見出していく。そこに綻びを見つけては、修復するのがシルヴェステルたち魔術師の主な仕事だった。
「ユス、あなたはどう見ますか?」
「そうね……あの辺りの火が強い場所が弛んで見えるわ。あとあっちの地面に近い位置、ずいぶんと水の力が滞ってる。もっと地に流さないと、厚さばかりで魔力の循環を妨げるわ」
指さしながら、真剣な顔つきで問題点を的確に見つけ出していく。
ここまでユスティーナの目が育ったのも、ありとあらゆる属性の術式をシルヴェステルが基礎の基礎から叩き込んだからだ。
通常は自分の持つ魔力属性に特化して、誰もがその目を養っていく。ユスティーナほどオールマイティに、術式を読み取れる者はそういないだろう。
「偶然ですね、ユスティーナ様」
「まぁ、リュリュ。クラウスも」
「今日は課外授業ですか? リュリュ様はわたしの防壁見回りの見学ですが」
邪魔者ふたりが現れて、シルヴェステルの頭ではどう追い払うかの算段が始まっていた。
だが魔術指導を行う家庭教師は、指導と実益を兼ねて生徒を見周りに連れ出すことが許されている。
いずれは国の防壁を守る人材を育成しているのだ。むしろ推奨されている行為なため、無碍に扱うのはとりあえず踏みとどまった。
「うわ、うれしいな、シルヴェステル様の修復が間近で見られるなんて!」
「クラウス様。いつも申し上げておりますが、わたしに敬称はいりませんよ」
「いやいやいや、魔術の腕としてはシルヴェステル様のほうが何万倍も上ですから!」
リュリュの家庭教師を務めるクラウスは伯爵家の入り婿だ。
魔術学院を首席で卒業した割に、やたらと腰が低い変わり者だった。
リュリュの指導をそっちのけで、これ幸いとばかりにシルヴェステルに魔術に関する質問を投げかけてくる。
優秀だけあって聞かれることはレベルが高い。仕方なく受け答えをしているうちに、放っておかれたユスティーナはリュリュと親しげに会話を始めていた。
「やっぱりリュリュは風属性の術式を読むのが上手ね」
「子供のころから使い慣れていますからね。そのかわりそれ以外の属性はさっぱりです」
「上手いこと大勢の目で補い合っているから、それぞれが自分の属性を伸ばす方がいちばん効率的なのよね」
「ですがユスティーナ様のように幅広い知識があった方が、全体的に見て防壁もバランスが取れるような気がします」
内容を聞く限り、今はリュリュを放置しても問題はなさそうだ。
(それよりも……)
にっこりと笑顔を作り、シルヴェステルはクラウスの話を親身なそぶりで聞き入った。
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