第13話 魔力封印の禁呪

 深夜の部屋でユスティーナは広げた本を前に悪戦苦闘していた。

 破り取ってきた禁書の一語一語を、シルヴェステルから借りた古語辞典で調べ上げていく。

 禁書が古い時代過ぎるのか、見つからないことがほとんどだ。見つかってもそれをまたさらに分かりやすく解釈するため、ほかの教本をめくりにめくっていった。


 時計の針ばかりが回っていく中、古代文字の解読は全くと言っていいほど進まない。

 何時間も調べてようやく分かったのは『魔術』という一文字だけだ。

 しかもこの単語は何度も登場している。やはりこの禁書は魔術に関する記載がなされているのだと、そのことだけは理解ができた。


「ああっ、頭がパンパンで脳みそが沸騰しそう!」


 握りしめていたガラスペンをユスティーナは乱暴に転がした。

 ここは素直にシルヴェステルに頼ろうか。そんな弱音が顔をもたげてくる。

 しかしそうなると叱られるのは避けられない。小言を数時間、最悪何日もねちねちと聞くはめになるだろう。


「うう、そんなの絶対に嫌だわ。もうちょっとだけひとりで頑張ろう」


 いざとなればリュリュの力を借りると言う手もあった。

 共犯にするのは少し気が引けるが、先に隠し部屋に行こうと誘ってきたのはリュリュの方だ。


「あ、この文字、さっき辞典で見た気がする……あったわ、これは『魔力』ってことね!」


 歓喜の声を上げるも、ユスティーナはすぐに大きくため息をついた。


「これでようやくふたつめ……気が遠くなりそうだわ」


 魔術に魔力、その単語が分かったところで、書かれている内容は未ださっぱりだ。

 ふと幾何学模様の図解の下に小さく書かれていた短い文章が目に留まった。ここにも魔力と魔術の単語が含まれている。

 この文章はもしかすると、いわゆる図の注釈やタイトルなのではないだろうか。


「ということは、この模様が何の魔術か分かるかもってことね……」


 禁書に描かれているのは、あの空間で見る光に形そっくりな幾何学模様だ。

 シルヴェステルはあの光は、扉であり鍵であり封印だと言っていた。


「だとしたらここに書いてある文も、それに似た言葉なんじゃないかしら」


 あれこれと仮説を立てて、扉、封印、鍵などのワードで古語辞典を調べていった。


「ええと、この文章は……いちばん最初の文字は分からないわね。二番目は『魔力』、次は『封印』、その次は『魔術』……すごい、本当に読めちゃったわ!」


 全部ではないが、図のタイトルがほぼほぼ解読できてしまった。

 しかし並べた単語にユスティーナははっとなった。


「え? 魔力封印の魔術……?」


 意味を成すようになった文字はあまりにも不穏な文章だった。この国で魔力封印は禁術とされている。

 念のため古語辞典で調べると、初めに書かれてある単語はやはり『禁術』であることが分かった。

 しかも辞典では『禁術』は『禁呪』という意味も併せ持つようだ。


「禁呪っていうと呪いの一種よね……」


 禁止された魔術というより、禁忌の呪いといった意味らしい。


「どうしてそんな魔術をシルヴェステルが……?」


 疑問に思うも、そんなこと本人に聞けるはずもない。

 あのシルヴェステルが創り出す空間のことを、絶対に誰にもしゃべってはならない。子供のころからユスティーナは、何度もそう言い聞かせられてきた。

 その言葉が持つ意味の重大さが、正確な重みをもってユスティーナにのしかかる。


(わたくしは今までシルヴェステルの何を見てきたの……?)


 ずっとそばにいたはずなのに、自分の知らないシルヴェステルが存在する。

 不安と疑念の種が、そのときユスティーナの中で小さく芽吹いた。


「駄目だわ、頭がいっぱいで整理できない」


 今夜はひとまず眠ってしまおう。そうすればこの混乱も落ち着いて、明日にはもっとましな判断ができるようになっていることだろう。

 それに朝になれば、ただの夢だったと笑い話になるかもしれない。

 そんなことを期待して、ユスティーナは寝台にもぐりこんだ。



 浅いまどろみの中、ユスティーナはまたあの夢の中にいた。

 いつものように、光る模様がユスティーナを取り囲んでいる。


(ああ、今日も同じ夢を見てる)


 明晰夢の中、閉じ込められた幾何学模様から抜け出そうと必死になる自分がいた。


(ここから出たい……ここはわたくしの居場所じゃないもの)


 光る壁を叩いてもびくともしない。

 もがけばもがくほど、光の模様はより強固な壁となり一層まばゆい輝きを放った。


(出して! 出して! わたくしをここから)



「出しなさい……っ!」

 

 自分の大声に驚いて、ユスティーナは勢いよく身を起こした。

 びっしょりと寝汗をかいている。

 小鳥たちのさえずりが聞こえる早朝の寝室で、転がるように寝台を降りた。

 文机の上には、昨夜の配置のまま辞典や教本が乱雑に開かれている。

 破り取ってきた禁書に描かれた幾何学模様を、ユスティーナは確かめるように見た。


「あの夢でわたしを閉じこめてくる壁も、これと同じものだったんだわ……」


 夢の内容はおぼろげで、いつも目覚めと共に忘れてしまっていたが。

 今はあの模様がまだ鮮明に記憶として残っている。

 メモ書きを一枚手に取った。そこには昨夜と一言一句変わらずに、ユスティーナの筆跡で短い文章が書き記されている。


「魔力封印の禁呪……」


 呆然と言葉を漏らした。

 夢でユスティーナを囲う光の壁は禁じられた呪いということか。


(わたくしの魔力は封印されている……?)


 何者かの手によって。


「シルヴェステル……」


 信じたくない気持ちとは裏腹に、ユスティーナは小さくその名をつぶやいた。

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