第12話 光る模様の秘密
あのあと本を数冊借りて、ユスティーナは王立図書館をあとにした。
隠し部屋で禁書のページを破って持ち帰ってしまったことは、誰にも話せずにいる。
見つからないようにと今は部屋の引き出しにしまってあるが、ずっとそのことが頭を離れないでいた。
古代文字は読めないが、そこに記載されている絵柄にはなんだか見覚えがあった。
(初めは気がつかなかったけど、あれはシルヴェステルの……)
年に一度、シルヴェステルが創ってくれる空間でくぐる光と、それがよく似ているのだ。
読みかけの本を開いたまま、ユスティーナは物憂げにため息をついた。
(あのページをシルヴェステルに見せようかしら。でも禁書を破ったことがバレると怒られるかもだし……)
見せるとしたら隠し部屋に入ったことも話さなくてはならないだろう。
そうなるとリュリュにもお咎めが行くかもしれなかった。
「ユス? どうかしましたか?」
「な、なんでもないわ。ただ返却日までに読み切れるかしらと思って」
借りた本はクラウスが戻しに行ってくれることになっている。
せっかく自分で選んだ本だ。引き取りに来る約束の日までに、できるならすべて目を通しておきたかった。
「それなら時間ができたときにでも、またわたしが連れて行ってあげますよ」
「シルヴェステルの予定が空くのなんて、いつになるか分からないじゃない」
図書館に赴くとなると半日は時間がつぶれてしまう。多忙を極めるシルヴェステルがそんな時間をひねり出すのは至難の業だろう。
子供のころからほぼ毎日、ユスティーナの家庭教師を務めているのが不思議なくらいだ。
「無理しなくっても大丈夫よ。またリュリュに頼むから」
「ユス」
急に真剣な声音で呼ばれ、条件反射で背筋を正した。こういったときは必ずお叱りの言葉が待っている。
静かな口調であればあるほど、シルヴェステルの怒りは深い。長年の付き合いから、そのことを嫌というほど学習しているユスティーナだった。
「な、なに?」
「ユスのためなら時間を取るなど造作もないことです。約束してください。今後行きたい場所があったら、真っ先にわたしに言ってください。ユスは必ずわたしが連れて行きます。いいですね?」
「え、ええ、分かったわ。約束する」
「いい子です」
ぽんと頭に手を乗せてきたシルヴェステルは、今度は嘘のように満面の笑みになった。いい子いい子と撫でてくる様子は、なんだか気持ち悪いくらいの機嫌の良さだ。
絶対に怒られると思った分だけ、なんだか拍子抜けになった。
シルヴェステルのことだ。過保護魂に火が付いただけなのだろう。そう思うとまた子供扱いされたと、ユスティーナの中で不満が募った。
(シルヴェステルが昔からこうなのは、やっぱりわたくしがお母様の娘だからなのよね……)
クラウスが言っていた話を思い出す。
シルヴェステルは亡き母アレクサンドラを恋慕っていた。いや、きっと今も好きでいるのだろう。
でなければこんなにもいつまでも、必要以上にユスティーナを気に掛けることはしないはずだ。
「ユス?」
今度は心配そうに呼ばれる。無意識に唇を噛みしめていたユスティーナは、シルヴェステルの顔をじっと見た。
いつ見ても冷静なこの瞳の奥には、母への恋心がずっと秘められていたのだ。
なぜか胸が締め付けられた。同時に自分のものを盗られたような、苛立ちや悲しさに似た良く分からない感情が湧いて来る。
「今日はどうも様子がおかしいですね……体調でも悪いのですか?」
「わ、わたくしは問題ないわ」
おでこに当てられそうな手を思わず払いのけた。今不機嫌な理由を聞かれても、ユスティーナにも上手く説明できそうにない。
眉根を寄せたシルヴェステルに、取り繕うように笑顔を向けた。
「そんなことより、シルヴェステルに聞きたいことがあるの。あの空間に入るとき、光る模様をくぐり抜けるでしょう?」
「あの空間? ああ、あれのことですか」
いきなりの質問でもシルヴェステルにはきちんと伝わったようだ。
そのまま話をはぐらかそうと勢いでしゃべり続けた。
「あれには何か意味があるのかなって。とっても綺麗だから前からちょっと気になっていたのよ」
無表情になったシルヴェステルが、観察するように見下ろしてくる。
(話題の逸らし方がちょっと強引だったかしら……)
実際に確かめたいことではあったが、咄嗟のことで良い聞き方ができなかった。
禁書を破った後ろめたさもあり、何も知らないはずのシルヴェステルを前に意味もなく緊張を強いられた。
「……あれは扉ですよ」
「扉?」
「ええ。扉であり、鍵であり、封印でもあります」
「扉で鍵で封印……要はあの空間へ入るための鍵付きの門ってこと?」
「そんな理解で大丈夫でしょう」
当たらずとも遠からずといったところだろうか。シルヴェステルの口ぶりからはそんなことが伺える。
だが普段は閉じている空間を守る扉と思えば、ユスティーナにも十分納得がいった。
「知りたいことはそれだけですか?」
「ええ。ありがとう、シルヴェステル」
無事に話題が逸れて、にっこりと笑顔を返した。
(でも禁書に載っているようなものをシルヴェステルが知っているだなんて……)
それも読めない文字で書かれた古い時代のものだ。
新たな疑問が芽生えるも、それ以上のことは聞けなかった。
「ねぇ、古代文字に関する本って持っていない? なければ図書館で探したいのだけど」
「古代文字ですか。学習意欲が湧いているのは良い傾向ですが、なぜまたそんなものを」
「借りた本に少し古めかしい言い回しがあるのよ。参考になればと思って」
これまた少々強引だったろうか。
しかしシルヴェステルはあっさりと欲しいものを目の前に差し出して来た。
「ユスが読めるようなものではないと思いますが。私物ですので返すのはいつでもいいですよ」
「ありがとう、シルヴェステル!」
これで禁書の文字が解読できるかもしれない。
(そうすればあの空間がどうやって創られてるのか、もっと理解できるんじゃないかしら?)
そのことがシルヴェステルの秘密を探るようにも思えて、渡された本をぎゅっと胸に抱きしめた。
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