第11話 隠し部屋

 リュリュが立ち止まったのは何の変哲もない本棚の前だった。

 どこにも部屋らしきものは見当たらなくて、ユスティーナは小首をかしげた。


「こんなところに扉があるの?」

「ここの棚だけ不自然に前にせり出してると思いませんか? ほかの階はそんなことないのに」

「本当ね。言われてみれば確かにそうだわ」


 整然と円状に置かれた本棚が、この一角だけやたらと手前に設置されている。

 しかし目の前には本が並ぶばかりで、秘密の扉などどこにあるのかという感じだった。


「だから俺はこの奥に何か空間があるんじゃないかって疑ったんです。そしたら見つけたんですよ、これを」


 リュリュが本を一冊、横に倒して半分だけ引き出した。

 次に棚の枠を掴んだかと思うと、その本棚がまるで扉が開くように小さくずれた。


「あっ」

「いま解呪します」


 何か魔術を唱えたあと、リュリュが重い本棚をさらに移動させていく。

 きし蝶番ちょうつがいの音が響かないよう、慎重にゆっくりと棚の扉は開かれていった。


「あまり開けるとクラウスにバレますので」


 人ひとりがやっと通れそうな隙間ができると、リュリュは中を伺った。


「実は俺も中に入るのは初めてなんです」

「そうなの?」

「開け方は分かっても、人目があるときじゃ入るに入れなくて」


 言いながら懐から出した小さなオーブを掲げる。

 するとオーブはほのかに青く輝いた。


「トラップなどはなさそうですね」

「とりあえず入ってみましょう? わたくし早く中を見たいわ」


 うずうずして、リュリュの背を押した。明かりのない奥は、滞った空気を感じさせる。

 リュリュが術式の言霊をつぶやくと、手にしたオーブに光が宿った。それをランプ代わりに進み出ると、そう広くない部屋の全貌が見渡せた。

 置かれた所蔵はほとんどが古めかしい書物のようだ。そのうちのひとつを開いてみると、古語で書かた古文書と分かる。


「これは相当古い時代の文字みたいね」

「学者を呼ばないと読めそうにないレベルですね」


 ほかの本も確認するが、どれも似たり寄ったりで解読不能の難解さだった。


「この部屋に置かれてるのはどれも禁書だ」

「禁書?」

「どの書物にも背表紙に印が押されてるでしょう? これは禁書のしるしなんです」

「持ち出し禁止ってこと? それほど価値あるものなのね」

「それもあるかもですが……ここに隠されているってことは、書かれている内容を外に漏らしたくない類の書ってことかもしれないですね」

「そう言われると余計に内容が知りたくなるわね」

「確かに。こうなったら古語を勉強してから出直さないと」


 そのあとも手に取る書物はどれも読めそうになく、開いては元に戻すを繰り返す。

 大方の本を確認し、ユスティーナはいちばん奥まった棚に目を留めた。


「奥に本以外のものがあるみたい。あれは……杖かしら?」


 ガラスケースに入ったそれは、魔術で厳重に封印がなされている。

 オーブを掲げると、リュリュの手の中でオーブは鮮やかに赤く輝いた。


「なんだかヤバめな代物そうですね。呪い……いやもっと集合的な負の念を感じるな」

「ねぇ、リュリュ。これってもしかして、スロ王の王笏おうしゃくなんじゃ……?」


 スロ王とは暗黒時代の暴君として知られている。

 自分の意に沿わない人間を処刑しては、その者の魔力を吸い取り王笏の宝石に貯め込んでいたという逸話が残っていた。


「うへ、あり得るかも」


 慌ててふたりで距離を取る。

 オーブの色が元に戻ったのを確認すると、リュリュはすまなそうに頭をかいた。


「せっかく来ていただいたのに、宝探しとはいかなかったみたいで……なんだかすみません」

「そんなことはないわ。わたくしにしてみたらドキドキの大冒険よ?」

「本当にユスティーナ様はおやさしいですね」


 ほっとした様子のリュリュが、出口の隙間に視線を向ける。


「そろそろ戻りましょうか。クラウスに見つかっても面倒ですし」

「あ、待って。あそこの棚をまだ見てないわ」


 奥まった場所に大きめの厚い書物が横置きにされている。

 年代物のそれを破損しないよう、ユスティーナは慎重に手に取った。


「これは図鑑かしら? 結構絵も載ってるわ」


 文字が読めなくとも、図解があればある程度は理解できるかもしれない。

 興味津々でリュリュと一緒にページをめくっていった。


「古代魔術の術式かもしれないですね。かなり古めかしい感じですが……」

「今の表記の仕方とは全然違うのね。どちらかというと魔術の展開図そのものを書き写してるみたいに思えるわ」


 緻密に描かれているそれは、物によっては美しいアートのようだ。

 夢中になって本をまくっていると、あるページでユスティーナの手が止まった。


(この模様、どこかで……)


 なんだか見覚えのある幾何学模様だ。

 ユスティーナはその模様を食い入るようにじっと見つめた。


「リュリュ様ぁ? ユスティーナ様ぁ? どこにいるんですかぁ?」

「まずい、クラウスだ」


 扉の外を伺いながら、リュリュが急かすように手招きしてくる。


「ユスティーナ様もお早く」

「ええ、これを戻したらすぐ行くわ」


 咄嗟のようにユスティーナは開いていたページを破り取った。

 幸い、外に気を取られたリュリュには気づかれなかったようだ。

 何食わぬ顔で部屋を出ると、リュリュが急いで本棚を元の位置へと戻した。間一髪に息をつく。


「あ、いたいた! どこ行ってらしたんですか? 図書館中探し回っちゃったじゃないですか」

「俺たちずっとここにいたぞ? そうですよね、ユスティーナ様」

「ええ、わたくしたちずっとこの辺りにいたわ」

「おかしいなぁ、この辺は何度も探したのに……」


 首をかしげるクラウスを横目に、リュリュがペロッと舌を出した。

 それを見て思わず吹き出してしまったユスティーナだった。

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