第9話 円形書架と風魔術
正面玄関をくぐると、円形の広間に出た。
天井は遥か高く大きな吹き抜けとなっている。
王立図書館はぐるりと一周、書物が並べられている円形書架だ。それが何階層にも渡っており、見上げる本棚はものものしく迫力満点だった。
休館日のせいか最低限の明かりで、中は少し薄暗い。人が進む足元だけに順に明かりが灯っていく。
「まずはお好きな書物の棚に行きましょうか。ユスティーナ様はどんなものが読みたいですか?」
「そうね……」
王立だけあって娯楽系の本は置いていない。
歴史的価値ある書物や学術書ばかりだが、そんな中で興味あるのはひとつだけだ。
「わたくし魔術の術式の本を見てみたいわ。応用編みたいな、より詳しいことが書いてあるのが読みたくて」
「術式の応用? 俺もあまり読んだことがないですね」
「シルヴェステルがね、基礎ばっかり復習させるのよ。各魔力の属性を生かした相乗効果を学んだ方がずっと面白いのに」
「相乗効果ですか。考えたこともなかったな」
「昨今は自分の属性魔力だけを磨くことが主流になってますからね」
クラウスの話では、昔は魔に対抗するために攻撃増強の組み合わせや使い方が盛んに研究されていたそうだ。
今は防壁補修のための単独魔術が重要視されており、応用方面の研究は廃れてしまったらしい。
「それでもやり方次第では防壁強化にもつながると思うのよ?」
「なるほど、興味深い視点ですね」
「確かに研究の余地があるお話です。さすがはユスティーナ様、目の付け所が違います」
真面目な議論の途中で、ユスティーナは自嘲気味に俯いた。
「ふたりは……わたくしを笑わないのね……」
「え?」
「だってそうでしょう? ろくに魔力も持たないわたくしが魔術の知識深めようだなんて、何だか滑稽じゃない」
リュリュとクラウスは一瞬だけ顔を見合わせる。
しかしふたりともすぐに笑みをもらした。
「何をおっしゃってるんですか。その豊富な知識があれば、いずれ人に教える側に回ることだってできるじゃありませんか」
「クラウスの言う通りです。何よりユスティーナ様の斬新な発想は今後の魔術発展に大きな革命を起こすのではないでしょうか」
「ありがとう、ふたりとも……」
胸がいっぱいになり、ユスティーナは泣きそうになった。
そこをぐっとこらえ、王女として笑顔を見せる。
「ではユスティーナ様、さっそく本を見に行きましょうか」
「ええと、魔術術式の棚でしたね……」
クラウスが備え付けのオーブに手をかざしている。
これはどのジャンルがどの階にあるかを調べるためのものだ。
「ああ、ここだ。かなり上になりますね」
見上げた先、とある階にだけ煌々と明かりが灯った。
確かに上から数えた方が早い上階だ。あそこを目指せと言うことか。
「わたくし、頑張って登るわ」
せっかくここまで来たのだ。
意気揚々とユスティーナは階段に足を掛けようとした。
「ユスティーナ様、手を」
「えっ?」
リュリュに下から手のひらを掬い上げられ、ユスティーナの体がふわりと浮き上がった。
同じように浮いたリュリュの足元から風の渦が巻き起こる。
リュリュは風属性の魔力の持ち主だ。小さな竜巻はあっという間に手をつないだふたりを上階へと持ち上げた。
「すごいわ、リュリュ!」
広間に残されたクラウスが人形のような小ささだ。
手すりから身を乗り出して、ユスティーナは壮観な眺めに感嘆の声を漏らした。
「リュリュ様っ、何やってるんですかぁ! ここは魔術厳禁なんですよぉおおぉお……!」
叫びながらクラウスがものすごい勢いで階段を駆け上がってくる。
同じフロアに辿り着くと、血走った目でクラウスはリュリュの肩をがっしりと鷲掴みした。
「所蔵品を破損でもしたらどうするんですかっ。見つかったら最悪出禁になるんですよ!」
「そんなヘマしないって」
反省の色のないリュリュに対してクラウスは涙目だ。
「そのときはわたくしが無理にやらせたって言うから心配しないで。ここには滅多に来れないし、わたくしなら出禁になっても構わないわ」
「ゆ、ユスティーナ様、おやさしぃ……」
感動のあまり、またもクラウスは涙目だ。
そこでようやくリュリュがすまなそうな顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます