第8話 王立図書館へ
あっさりと外出の許可が出て、ユスティーナは足取りも軽く部屋を出た。
王女の行動など制限されるのが普通だが、基本ユスティーナが何をしようと皆の関心の外だ。
唯一シルヴェステルだけが渋い顔をしたが、防壁の見周りの務めがあるため今回はユスティーナひとりで行くことになった。
行き先は城に隣接した王立図書館な上、待ち合わせをしているリュリュには護衛もついている。
(役立たずの王女をわざわざ襲うもの好きもいないだろうし?)
何も問題はないと言ったのだが、シルヴェステルに護身のためとチョーカーを渡された。
ひと粒の輝石がついたそれは、万が一の時に防御の魔術が発動するらしい。
(まったく、シルヴェステルは過保護なんだから)
仕方なくチョーカーの飾りを首に揺らし、ユスティーナは図書館へと徒歩で向かうことにした。
「ゆすおねぇたま」
「まぁ、ティモ」
途中の廊下で、使用人に連れられた腹違いの弟と出くわした。
とてとてと歩くティモを膝をついて腕に迎える。そんなユスティーナにティモは天使の笑顔で抱き着いてきた。
「ゆすおねたま、だいしゅき」
「わたくしもティモが大好きよ」
マリカとは違って、ティモはユスティーナのことを姉として慕ってくれている。
それも年端の行かない子供のうちだけだ。無邪気に笑うティモを前に、そう思うと悲しくなった。
自分が周りからどう見られているかを理解する年頃になったら、きっとティモも離れていくのだろう。
ティモの小さな手首に金色の腕輪が光っている。
これは幼児が無意識に魔術を使わないように、魔力を抑制するための腕輪だった。
使い方を知らない子供が魔術を使うと、体に負担がかかって最悪命にかかわることもある。それを防ぐための対策だ。
「ティモの魔力はお父様譲りなのね」
腕輪に彫られた術式は、属性を金とする魔力を押さえるもののようだ。
それも精巧に細工がされている。ティモはよほど大きな魔力を秘めているのだろう。
「恐れながらユスティーナ様、もう……」
強張った顔の乳母が硬い声をかけてきた。
ティモの母親であるテレサ王妃はユスティーナのことを毛嫌いしている。
元々ユハ王の婚約者だったところを、貴族庶子上がりのアレクサンドラに王妃の座を奪われたからだ。
そのアレクサンドラが死に、王妃の後釜に入った後テレサはユスティーナに嫌がらせの数々を仕掛けてきた。マリカがああなったのもその影響からだ。
だが跡取りの王子を産んで以来、テレサはユスティーナにはすっかり興味を失ったようだ。
(マリカもそうなってくれればよかったのに……)
ことあるごとに敵意を向けられるのは相変わらずだ。それどころか、近年ではやり口がさらに陰湿なってきている。
ため息とともにユスティーナは立ち上がった。
「わたくしといて、ティモがマリカお姉様に叱られてしまっては困るわね」
「やっ」
スカートの足にしがみつき、嫌々とティモが顔をうずめてくる。
「まりかおねたま、きぁい」
「ティモ様!」
涙目で見上げてくるティモを、慌てたように乳母が無理やりに抱き上げた。
形だけの礼を取り、そのまま嫌がるティモを足早に連れていってしまった。
「マリカと姉弟喧嘩でもしたのかしら……?」
これだけ歳の差がある姉弟で喧嘩が成立するとは思えないが。
(マリカのことだもの。陰でティモの手をつねるくらいはしてそうね)
そんなことを思い、再び図書館を目指し歩き出す。
まさかマリカがティモにまで悪質な嫌がらせをしていようとは、考えもつかないユスティーナだった。
*†*
「あ、ユスティーナ様!」
手を振ってくるリュリュの隣には男がひとりいた。
あれはリュリュの護衛兼、魔術の家庭教師のクラウスだ。
「クラウス、今日はよろしくね」
「お任せください。死ぬ気でお守りさせていただきます」
「そんな、大袈裟ね。もっと適当で良くってよ?」
「いいえ、そういうわけには。シルヴェステル様にもよくよく言われていますので」
「まぁ、シルヴェステルが何か余計なことを言ったのね?」
クラウスが乾いた笑いを返してくる。
一体どんな圧の高い根回しを受けたのだろうか。
「ユスティーナ様には俺もついていますから」
「ふふ、ありがとうリュリュ。頼りにしてるわ」
リュリュのお陰か、クラウスもユスティーナに対して見下す態度を取ることはない。
今日はやさしい世界で過ごせそうだ。
(なんだかまともな王女になった気分だわ)
頼もしい
シルヴェステルの前ほど自然体ではいられないが、それでも気を許すことのできるふたりはユスティーナにとってやはり貴重な存在だ。
そんなユスティーナを見て、リュリュもうれしそうに口元をほころばせた。
「今日は休館日のところを特別に開けてもらったんです。だからユスティーナ様も安心して過ごしてください」
「リュリュ……もしかしてわたくしのために無理をしたの?」
「少しだけですよ」
「リュリュ様はユスティーナ様の笑顔が見たくて相当頑張りましたからね」
「クラウス! 余計なこと言うなっ」
うんうんと頷くクラウスに、赤くなったリュリュが拳を振り上げる。
そのやり取りを見たユスティーナは、ピンと来て含み笑いをリュリュに向けた。
「ね、リュリュ。そんなこと言って、本当はアレが目的なんでしょう?」
「う……そ、その通りです」
動揺を見せつつ、リュリュはすぐに頷いた。
アレとは例の見つけた隠し部屋のことだ。図星つかれて焦っているのだろう。
そう思ったユスティーナを見て、今度はクラウスが呆れたように呟いた。
「うわ、鈍感でいらっしゃる」
「クラウス、それ以上言ったら解雇するぞ」
「ひえっ、もうすぐ三人目が産まれるんです! それだけは勘弁をっ」
良く分からないふたりの会話に、ユスティーナは小首を傾げた。
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