第4話 年下の婚約者候補

 光る模様がユスティーナを取り囲んでいる。

 ここから出たいのに、押し込められたまま動くことも叶わない。


(またあの夢だわ……)


 ユスティーナは繰り返し同じ夢を見る。

 夢の中で夢を見ている自覚のある、そんな不思議な夢だ。

 その夢でユスティーナはいつもそこから抜け出そうと必死になっている。

 これは夢だと分かっているのに、どうしても外に行かなくてはならない衝動にかられた。


(ここはわたくしのいるべき場所じゃない)


 なぜだかそんな気がして――



 たのしげな小鳥のさえずりにユスティーナはまどろみから覚めた。

 ぼんやりとした意識が、いまだ夢の狭間をさまよっている。


「あの模様ってもしかして……」


 ユスティーナを囲う光。あれはシルヴェステルの創る空間でくぐり抜ける模様と同じ形をしていなかっただろうか。

 そんなことを思うも、覚醒と共に次第に夢の記憶が薄れていく。


「ユスティーナ様、お目覚めになられましたか?」

「ええ、今起きたわ」

「本日は有力貴族を招いたお茶会の予定が入っております。お支度もありますのでどうぞ早めにお起きになってください」


 侍女のよそよそしい声がけに、一気に現実に引き戻される。


(だから起きたって言ったじゃない)


 朝から嫌な気分にさせられて、ユスティーナはため息とともに寝台を出た。


「そう言えば何か大事なことを考えていなかったかしら……?」


 しかし何も思い出せない。

 夢を見ていたことも忘れ、慌ただしい一日が始まった。



 *†*



 定期的に開かれるこのお茶会には苦手意識しか持っていない。

 身の置き場がなく、それでも逃げ出すこともできなくて、いつもマリカと取り巻き貴族たちの嘲りの声に耐えなくてはならなかった。


「ユスティーナ様!」

「リュリュ。今日は貴方も来ていたのね」


 笑顔で駆け寄ってきたのはサロ公爵家子息のリュリュだ。

 めずらしくユスティーナに友好的な貴重な存在だった。


「ていうか、今日は俺しかいませんし」

「そうなの?」

「はい、マリカ王女も体調が悪いとかで欠席されるそうですよ」

「そう!」


 マリカはその時の気分でお茶会をドタキャンする癖がある。それが許されるのは、自分とは違って周りに甘やかされているからだ。

 ユスティーナがそんなことをしようものなら、批難ごうごうの嵐になるのは目に見えている。複雑な思いに駆られるも、今回ばかりはラッキーとしか思えなかった。

 しかし浮かれたところを表に出すのは王女としてマズすぎる。

 使用人を通してマリカの耳に届きでもしたら、次の口撃が激化するので厄介だ。


「久しぶりにふたりでゆっくり話せますね。俺うれしいです」


 年下のリュリュとは子供のころはよく顔を合わせて遊んだりもしていた。

 いわば幼馴染というやつだ。

 しかし年頃になって、彼はあまりお茶会にも顔を出さなくなっていた。


「どう? 最近は」

「父はまだまだ現役ですし、今はいろんなことを学ばせてもらってます」

「公爵家の跡取りもたいへんね」


 リュリュは将来立派な公爵になることだろう。

 素直で勉強家の彼のことを、ユスティーナは昔から好ましく思っていた。


(そういえば結婚相手は決まったのかしら)


 リュリュは風属性の強い魔力の持ち主だ。引く手あまたで婚姻を望む者は多いと聞く。

 その中でもいちばんの有力候補はマリカだった。サロ家も王女を妻に迎えられればそんな栄誉なことはないはずだ。

 実のところユスティーナの名も候補として挙がっていたが、公爵家がそれを望むことはあり得ない。


 自分と釣り合う年齢の貴族令息は、ほとんどが婚約を済ませてしまっている。

 ユスティーナの嫁ぎ先は、かなり年上の貴族の後妻くらいしか残っていないのが現状だった。

 それすらも手を挙げる者がいないのだから、もう笑うしかない。

 厄介者の王女。

 大した魔力も持たず、なんの役にも立たない国のお荷物だ。そんな認識からユスティーナは陰でそう呼ばれていた。


「ところでユスティーナ様、今度一緒に王立図書館に行きませんか?」

「王立図書館?」


 ユスティーナが小首をかしげると、リュリュが顔を寄せてくる。

 使用人に聞こえないよう、手を添えて小声で囁いた。


「俺、実はあそこで隠し部屋を見つけたんです」

「隠し部屋を……?」

「随分前からあるのは分かっていたんですが、ようやく扉の解呪に成功しまして。中、見てみたくありません?」

「見たい! わたくし見てみたいわ!」

「ユスティーナ様ならそう言うと思いました」


 悪戯っぽく笑ったリュリュはまだ少年のころの面影が残っている。

 何よりも昔と変わらず接してくれることがうれしくて、ユスティーナは心からの笑顔をリュリュに向けた。


「リュリュ!」

「マリカ王女……」


 息を弾ませたマリカが割り込んでくる。

 楽しい時間を台無しにされ、一瞬でユスティーナの顔が強張った。


「来てたなら早く言ってくれればよかったのに!」

「いえ、はじめから来ることは分かっていたはずですが……」


 困惑顔のリュリュの腕に、おかまいなしでマリカはしがみついた。

 リュリュを見上げ、甘えた猫なで声を出す。


「リュリュってば、最近は呼んでも来てくれないんだもの。わたくし会えなくて寂しかったわ」

「申し訳ありません。俺も何かと忙しくて……」

「ね、お姉様なんかほっといてあっちに行きましょう?」


 リュリュはマリカのお気に入りだ。

 昔からリュリュがユスティーナを気に掛けるのが面白くないらしい。

 リュリュから見えない位置でマリカに睨みつけられて、ユスティーナは静かに立ち上がった。


「わたくしはもう失礼するわ」


 努めて感情を乗せずに言う。

 悲しいかな、マリカの前ではいつも無気力な王女を演じるしかできないユスティーナだ。


「ユスティーナ様、約束ですよ」


 去り際に、リュリュが小声で口を動かした。マリカには分からないよう、気を使ってくれたようだ。

 思わず漏れた笑みに、気のせいかリュリュの頬がなんだか赤く染まった。


(リュリュのお陰で少し気持ちが楽になったわ)


 もしマリカを妻に迎えても、ずっとそんな彼でいてほしい。

 そう願いながらユスティーナはその場を後にした。

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