第5話 お姉様にはもったいないわね

「あのときのお姉様ったら」


 強張ったユスティーナの顔を思い出し、マリカはくすくすと笑いをもらした。

 自分の姿を見るたびに委縮する姿がたまらなく愉快だった。


(あんな無能がどうしてまだ王女扱いされているのかしら)


 王女は自分ひとりいれば十分だ。役立たずの穀潰しなど、この国にいる意味などないではないか。

 なのにいつもそっけない態度のリュリュが、ユスティーナの前では笑顔でいた。

 それが何とも腹立たしく思える。


(お父様もさっさと老人の後妻にでも嫁がせてくれればいいのに)


 こんなにも優秀なマリカに、父王はいつでも冷淡だ。

 さりげなく進言しても、ちっとも取り合ってはくれなかった。


「まりかおねたま」

「あら、ティモじゃないの」


 まだヨチヨチ歩きのどんくさい弟が現れる。


「お母様は? いないの?」

「王妃様は後から来られます」


 乳母役の使用人が庇うようにティモを引き寄せた。ティモも怯えた表情で乳母の足にしがみつく。

 そんな様子に苛立って、マリカはパチンと指を鳴らした。

 ティモの足元で火花が散る。子供だまし程度の火の魔術だ。驚いて尻もちをついたティモが大声を上げて泣き出した。


「ティモ様!」

「ふん、いい気味」

「マリカ様……!」


 抗議の視線を投げられて、マリカは乳母を睨み返した。


「わたくしのせいにしないで。ティモが勝手に転んだんでしょう?」

「そんな! 今のは明らかに」

「なに? わたくしに逆らおうって言うの?」


 自分が言えば解雇くびにするなど簡単だ。

 青ざめた乳母は、マリカからさっと顔を逸らした。


「どうしたというの? 騒々しい」

「王妃様」


 ティモを腕に抱き、乳母が居住まいを正した。

 ぱっと顔を明るくして、マリカは甘えた声で現れた母親に近寄った。


「お母様」

「マリカ、あなたもいたの」


 興味なさげに返される。

 次の言葉を発しようにも、母の顔はすでにティモに向けられていた。


「ティモ、あなたは将来強くて立派な国王になるのよ。さあ、もう泣き止みなさい」


 厳しい口調でも、慈愛の瞳で母は弟を見下ろしている。

 ティモが生まれる前は、あの視線はマリカにだけ注がれていた。それなのに。


「そう言えばマリカ」


 ふいに母が振り返る。

 期待を胸にマリカはいちばん可愛らしく見える角度で笑顔を作った。


「あなた、魔術測定では魔力値が去年と大して変わらなかったそうじゃない。わたくしに恥をかかせないで」

「だ、だけどわたくし、皆の前で火の聖獣を呼び出したわ」


 火の精霊スザクの眷属を召喚し大絶賛されたのだ。

 褒められることあっても、責められるなど心外すぎる。


「王女ならそれくらいはできて当たり前よ。あなたの年齢で魔力の成長が止まるなど、わたくしの娘としてあってはならないわ。来年は大幅に記録を更新なさい」


 冷ややかにそれだけ言い残すと、ティモを連れてさっさと行ってしまった。

 ひとり残されたマリカは爪の先をギリっと噛んだ。


(あの子さえいなければ……)


 弟が誕生しなければ、マリカと結婚したリュリュが国王となっていたろうに。

 口には出さないが、リュリュもそれを望んでいたはずだ。

 そうすればマリカも王妃として皆にかしずかれ、今以上に面白おかしく暮らす未来が待っていた。


「気に入らないわ!」


 腹いせに火の魔術をそこら辺に叩きつけた。焼け焦げた壁を見ても、心はちっとも晴れはしない。

 もっと魔術が上達したら、両親の気を引けるのではないだろうか?

 ふとそんなことを思いつく。


「我ながら良い案ね」


 ひとりごち、マリカは考えを巡らせた。


「そうね……わたくしの魔力が伸び悩んでいるのは、きっと家庭教師のせいだわ」


 マリカの魔術の家庭教師は魔導院の長を務める魔術師長だ。

 魔術師の頂点に立つ彼が選ばれたは、まぁ当然と言えるだろう。

 だがこの国最強の魔術師となったら、話はまた別になってくる。


「シルヴェステル・ハハリ……」


 ユスティーナの家庭教師を思い浮かべる。

 国を覆う防壁の維持を担っているのは、実質的にシルヴェステルだ。年老いた魔術師長の魔力では、彼の実力の足元にも及ばない。

 最強の魔術師と言えどシルヴェステルは平民だ。王女であるマリカの家庭教師には相応しくないと、今まで放置をしていたが。


「お姉様にはもったいないわね」


 にやりと口元に笑みを浮かべる。

 シルヴェステルを取り上げられたユスティーナを想像したら、マリカは可笑しくてたまらなくなった。

 早くその顔が見てみたい。


「どうやったらいちばんダメージが大きいかしら?」


 くすくすと笑いながら、マリカは上機嫌で歩き出した。

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