0003 ルゥダミサイルはマジックじゃないです!

 

現実と夢との境界が、曖昧になってしまうような感覚はみんな経験してきているのかもしれない。

僕も酔っ払った時は、多々ある方だ。


じゃあこれは夢なのか?

夢とは何なんだろう?

よく蜂に刺される夢を見る。

しかしこれは現実であり得る事だ。

でも、刺されても痛みなんて感じない。

だから夢なんだ。非現実的。

非現実的な事を指すのなら、今この瞬間だ。


じゃあ、ジンジンと痛む左瞼の青痣はどうなんだ?



「夢じゃないのか…?」


僕は独り言のように呟いた。


「夢じゃないです。」


女の子が僕の独り言に答える。


「とりあえず逃げましょう。あの銃は恐らくミサイル二、三本では壊れません。」


僕は女の子の小さい手に引かれ、人の間を縫うようにエレベーター前までやってきた。

だがエレベーターは下に降りて避難する患者が相次いでいて、正直何時間待てば乗れるんだ?というくらいの大渋滞となっていた。


「ここにいれば危険です!あの銃はあなたを狙ってます!大勢の二次被害が想定されます!」


重要な部分だけを抽出し、繋げたように話す彼女は窓を指差し、見てほしいとジェスチャーを見せる。

窓の外は大量の患者が避難をしている光景だった。

もし、そこに僕が入り込んでしまうと、狙撃銃の無差別殺人が始まってしまう事になる。


「屋上まで行って、被害を最小限にして逃れる方法を考えましょう!」


彼女の言う事に従い、僕は非常階段で十五階まだ目指した。

ぐるぐる上っている途中にふと、彼女に質問する。


「ねえ。その…、何?ルゥダミサイル…?そのマジックって僕にもできたりしない…?」


「むぅ。マジックじゃないです!正真正銘ワタシのパンペルシェラです!」


「ぱんぺるしぇら?」


「お姉ちゃんから何も聞いてないんですか?」


「お姉ちゃん!?すると君やっぱり!?」


彼女の顔とこの世で最も酷似している人物を僕は知っている。

僕の元カノ、そして僕をこんな絶望的な状況に陥れたのであろう人物、玉森翠葉だ。


「翠葉の、妹?」


「ん?スイハ?誰ですそれ?」


「あれ?嘘、違うの!?」


「ワタシのお姉ちゃんはニアって名前です!」


え…?全然知らない名前だ…。

ていうか同じ歳に産まれ、高校卒業まで幼馴染として顔を合わさなかった日なんてないくらいに、ずっと翠葉を見てきた僕が、妹の姿を見た事ないなんてあり得るのか…?

その答えはつまり、高校卒業後にできた妹…?

いや、或いはまさか…!?

いやいや、それはないよな流石に…。


「でも、ニアお姉ちゃんと同じ目をしているのですぐにあなたがお姉ちゃんの言ってた迷子さんって事がわかりました!」


「何か話が噛み合わないけど…、もしかして人違いかもしれないよそれ…。」


「いえ!あなたは間違いなくお姉ちゃんの言ってた迷子さんです!」


何だろうこの合ってるようで噛み合わない違和感のある会話は…。


カッコン。


頭上から、そんな音がした。


「下からです!」


ダン!!


激しい破裂音が頭上から響く。


「うわあああああ!!」


女の子に首根っこを掴まれ、グッと後ろへ引かれた。

その直後、二階下の階段から斜めにかけて放たれた砲身は、僕の顔をスレスレで通っていった。


「ルゥダミサイル二号三号発射!!」


女の子は既にタバコに着火していて、撃ってきた方向に無造作にぶん投げた。


ドカン!ドカン!


爆発が起こり、更に瓦礫が散乱する。

しかし、瓦礫の中からまだ銃口の狙いをゆっくりと僕らに定めているのが見えた。


カッコン。


「ダメだ!もう一発来る!!」


コッキング音が聞こえたと同時に、女の子は次のミサイルの準備に取り掛かっていた。


「ルゥダミサイル四号五号発射!!タバコあと十本しかないよ!」


「もういい!警察呼ぼうっ!!」


ドカン!ドカン!


女の子が時間を稼いでいる間に僕はポケットを弄り、スマホを探す。

何かが指にコツッと当たる感触がしたら、すぐにそれを取り出した。


「なんじゃこりゃあっ!!」


出てきたのは…、スマホではなく、四角い形をし、端末の上部には横に長細い画面があって、丸いボタンが少しだけついているような古めかしい端末。


「ポケベルゥゥ!!?」


それは、使った事も、使っている人さえ僕は見た事がない、1990年代くらいに流行っていた無線受信機「ポケベル」だった。

画面には数字の羅列が映されていた。


『4104434401413232522104724104219145124344』


「ポケベルわかんねえよ!!スマホは!?どうしてポケベルなんて入って…!?」


「お兄ちゃん!早く上ってっ!!」


僕は尻を叩かれながら、何とか十五階まで上りきる事ができた。


「屋上まで上がってきたけど、何か秘策は…?」


僕は女の子に聞いてみるが、女の子は虫の居所が悪そうな顔を浮かべながら自分の親指の爪を噛み始めた。


「ない…。こんなに高いとは思わなかった…。」


「ええーー!!」


いや、何も言えない。言うべきではない。

小学一年生くらいの女の子が、ここまでして、ここまで連れてきて、ここまで考えた事自体がとんでもない偉業なのだから。

秘策なんて、大人の僕が考えなくてはならない。

至極、当たり前の事だ。


「そうだ!ポケベルでもいい!警察を呼んでみよう!確か、あ行とあいうえお順に沿って二つの数字で一文字になるんだったよな!はは!ローマ字と一緒だよこんなの!!」


僕はポケベルで文字を打とうと試みるが、


「どうやって画面動かすんだこれ…。」


「お兄ちゃん、警察って何…?」


「大丈夫。警察ってのは今一番ここへ来て働いてもらわなくちゃいけない組織の事だよ。僕らを助けてくれるはずだ!ごめん!それまで残りの十本で時間稼げる?」


女の子は胸に拳をゴチンとぶつけた後、屋上ドアの近くで待機した。

僕はポケベルの操作に集中する。


「とりあえず画面動かすとこからだよな…。」


そもそも、最初の画面で何故か映っている文字の羅列が気になって仕方がない。

普通は最初の画面と言えば、時計や日付を示しているものなのだが、これはかなり長い数字の羅列が小さく書かれているだけだった。


「これを読み解けば何かわかるかもしれないな。」


僕はベンチにポケベルを置き、解読を始めた。


「4が、た行だろ…。んでその次が1だから『た』だ。0はなんだっけ…?」


「お兄ちゃんもう来た!!」


「ルゥダミサイル装填用意っ!!」


「もうしてるよ!!」


「ってーーーーい!!」


「ルゥダミサイル六号七号発射!!」


ボウ!ボウ!


女の子はまたルゥダミサイルなるものを階段下へ投げ込み、爆発させた。

しかしこれだけ爆発が起きても壊れない、一人でに暴れ回る狙撃銃を、警察がどうにかできるのか…?

不安をよそに、解読を続けた。


「たつてたししにかみたからといつて?」


何かが惜しい気がする。

0がついているところが唯一わかっていない。


「また来るー!!!」


「ルゥダミサイル装填用意ーー!!」


「用意済んでます!」


「ってーーーーーい!!」


「ルゥダミサイル八号九号発射!!」


ボウ!ボウ!!


早くしないと、いずれこの屋上もろとも崩れそうな勢いで爆破が目の前で起きている。


「0はもしかして濁点か…?」


濁点を加え、もう一度解読してみた。


「だつてたししにがみだからといつて…?」


どこかで聞いたようなフレーズと発音。

必死に頭の中で似た発音とフレーズがないか探した。

そしてついに閃いた!


「わかった!だって私、死神だからと言って。だ!!」


「お兄ちゃん!右っ!!」


ダン!!


ポケベルの文字羅列を解読できた直後、右から聞こえてきた発砲音に僕は反応できなかった。

耳鳴りが鳴り止まない。

周囲が焦げ臭く、頭がフラフラだ。

視界が揺れ、脳が揺れた後、僕の意識はゆっくりと遠のいていくのを感じた。


「お兄ちゃんっっ!!」


遠のく意識の中、僕の視界から血と共に丸くて白い何かが急に飛び出してきた。

それは、右の眼窩から飛び出してきた自分の目玉だった。

倒れる瀬戸際、その右目は回転しながら、僕と目が合った。


「っ!!?」


僕の右の眼窩から飛び出してきた目玉は、エメラルドのような輝きを放つ瞳をしていた。

明らかに、それは僕の目玉ではなかった。


『合言葉認証、承認。網膜認証、承認。パンペルシェラ、開きます。』


仰向けになりながら、微かに残る意識の中、そんな言葉を耳にした。

すると突然、雲一つない青い空から、銀色に鈍く光るアタッシュケースが太陽を背にゆっくり降下してきているのが見えた。


『ど真ん中よ。』


かつて好きだった人の優しい囁きが、耳の内部から聞こえた気がした。

ここへ来る前に見た、野球部だった頃の夢の内容を思い出す。

土の匂い、声援、夏の日差し、しょっぱい汗。


「翠葉…、そこにいるのか?」


アタッシュケースはガバッと豪快に開き、何かが飛び出してくる。

空から舞い降りたそれは、翠葉にまとわりつき、僕に一撃飛びかかってきた、あの大鎌だった。

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私、あなたの死神です。 蛸山 葵 @q21

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