第8話 アディ 3
帰宅した俺はソフィアを部屋に投げ込んで風呂入って就寝した。
本当はメイド辺りに押し付けてやりたかったが、グズグズ泣きながらベッドに潜り込んできやがった。今さらそれをどうする気力もなく、疲れ果ててそのまま寝た。
そしてそのまま謹慎となった。
まあそんな気がしていた。身内で人をリストラしまくろうが虐げようが放置だが、他所の貴族の目に触れるならば話は別。貴族は外聞を気にする。醜聞を漏らした俺にはそれなりの罰が下る。
見たところ、アディはなかなかの家柄に見えたしな。じゃあ家名を名乗れよ腰抜けが、と俺は思うんだが。
謹慎中に聞きかじった噂話などで俺が推測するに、事の顛末はこの辺りだろう。
お忍びごっこで市街を遊んでいた金髪とソフィアが出会った。仲良くなった二人は、お互いの年齢の話になった。
魔法なんてものがあるこのファンタジー異世界。この国では、貴族平民問わずそれぞれ五歳、十歳で神殿にて魔法属性の鑑定をする。ここで属性によっては貴族からスカウトが来たり、ものによってはそのまま神殿に引き取られたりする。だがそんな極端なケースはそうそう無く、平民の中ではなんとなく立身出世のロマンといったイメージだろうか。
ところが五歳で母親が死んでグラディウス家に引き取られたソフィアは、そのロマンを経験できず、とうとう六歳になってしまった。
そこでアディが属性鑑定何某の胡乱な噂を聞きつけ、怪しいとわかっていながら飛び込むことを選択し、大惨事に至ると。
金髪の護衛騎士団に見つかった手前、あれだけの騒ぎになったこともあり、件の人身売買ギルドは取り潰しとなったようだ。
商人どもの口振りから察するに、どうにもグラディウス家と繋がってるし、俺も関わる機会があったのかもしれないが、まあ蜥蜴の尻尾切りか。だろうな。
しかし貴重な財産源、または取引相手を失ったのも、父上としては面白くないだろう。
で、諸々を加味し、俺が謹慎となった。
ソフィアが属性鑑定したことないのも、親の怠慢ではなく、俺が邪魔したからとかになってそうだな。どうでもいいが。
しかしこの一週間の謹慎は正直、今は都合が良くもあった。流石に人生初殺人を犯した後では、考える時間が少し欲しい。
まあ三日くらい、三食食べて室内で運動してちゃんと睡眠取ったらどうでもよくなったが。明らかにあちらが悪いな? 正当防衛だ。
過剰防衛云々言えるのは法治国家だからこそであり、法に守られるもクソも無いこの世界では、自分を守る手段は何でもだ。攻撃力、権力、金、つまり何でも。法ではない。法とは、攻撃や防御の手段の一つに過ぎない。俺は自分にできることをやった。
この一連で俺が唯一感慨らしきものを感じた点と言えば、ソフィアの年齢だ。
お前、五歳だったのか。
今は六歳か。興味は無いし気にしたこともなかった。幼女という個体で認識していた。四歳も五歳も六歳も同じ幼女だろう。
前世子供と接しなかったから、ある程度育たないと子供の年齢や性別が俺は本当に分からない。正直自分でなければ、ダリウスも小学生男児という情報以外よくわからん。ソフィアは女の子女の子してるが、金髪の人形みたいな顔だと尚さら。
結局あの金髪お坊ちゃまなのかお嬢様なのかどっちだ。性別最後まで分からなかった。
まあ、あの年齢の子供の性別なんてあってないようなものだしな。フェイクも入ってるだろうし、どうせ知ることはできなかっただろう。アディお姫様元気でやれよ。
ゲームの回想のワンシーン。
グラディウス領に訪れていたアドリアン王子は、幼いソフィアと出会う。
アドリアンは名前を「アディ」と偽り、二人は身分を隠してこっそり親交を深めた。そして収穫祭のある日、冒険を決意する。
悪党の企みを見事に突き止めたものの、捕まってしまった二人だったが、アディはソフィアを励まし続けた。このときにアドリアンは自分の身分を明かす。
ソフィアもまた気丈に振る舞い、二人で知恵を出し合い、とうとう監視を出し抜いて牢を抜け出した。同時にアドリアンの護衛の騎士たちも到着し、悪党は打ち倒される。
このときのアドリアンの身分の秘密を、ソフィアはもちろん信じてはいなかったけど、自分を勇気づけてくれた「小さな王子様」のことはずっと覚えていた。
そんな、幼い二人の良い思い出だ。
ところがその良い思い出に至るには、この世界には存在しない、幾つかの重要なポイントがあった。
一つ。幼い『娘』が居るグラディウス領にて、同年代の少女の売買に、人買いたちは慎重になっていた。
二つ。ゲームの『ダリア』は、収穫祭で着飾った自分とみすぼらしい姿とを比べたかったのに、ソフィアが居ないことに癇癪を起こし、いち早く探すよう騎士を派遣していた。この物々しい街の様子にも人買いは警戒し、捉えた少女の処遇は二の次となった。
三つ。ゲームのソフィアは、誰かのせいでこんなに泣き虫になってはいなかった。
もちろん、可愛らしい少女とは一切関連性の無い幼い『息子』が、物々しいどころかお祭り騒ぎに最高潮に乗じた高笑いで馬車を乗り回し、癇癪を起したら派遣するどころか騎士を捨て置いて飛び出し、しこたまソフィアを虐めて泣き癖をつけた『ダリウス』のいるグラディウス領では、そんなシナリオ罷り通らない。
良い思い出どころか、今後何週間もおにいさまに虐められる原因となった日であり、人生で初めて「お姫様」呼ばわりされた日であり、意地悪そうな少年に死ぬほど怒られた思い出として、ソフィアとアドリアンの記憶に残ることになった。
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