第7話 アディ 2
振り返ろうとしたソフィアと金髪の襟首を掴み、牢内へ突き飛ばす。死体は脇へ蹴りどかした。
死体のポケットから奪った鍵で、ガチャン、と鉄格子を閉ざす。
床から剣を拾い、血の滴る刃に顔を歪め、拭いもせず鞘に納める。
死体は廊下の隅に引き摺った。掃除だか飲料だか、あるいは用足しに使うかもわからんが、今はなんでもいい。震える指に苛立ちながら、隅に置いてあった水桶を掴み、頭から被る。これで少なくとも臭いはマシになった。
空になったデカい桶に死体を突っ込み、隠れていることを確認して、適当な空いた牢に蹴り転がす。
それから俺は二人の牢を開けた。
二人は隅っこに固まって蹲っていた。ということはこの一連を目にしてはいないはずだ。問答無用で引き摺り出し、俺はソフィアの肩を掴んだ。
「お、おにいしゃ、」
「いい加減にしろ!!」
驚いてエメラルドがバチッと開いた。
その場に屈み込み、無理矢理握る肩に力を入れて目を合わさせる。
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさぁい...」
怒鳴りつけた俺にびっくりして固まり、ヒクッヒクッと肩を揺らして、やがてソフィアはわんわん泣き出した。
あ゛ー!!! と大音量で幼女泣きをしながら、俺にしがみついてくる。
なおさらイラついて、強引に引き剥がした。
「俺に怒鳴られたくらいでピーピー泣くお前が、大人相手に下らない悪戯をするな!!!」
前世とか知るか。このとき俺は迷惑被った八歳児並に頭にきて、八歳児並にキレて、ソフィアの頭にガツンと拳骨を落とした。
「なっ!! おまえ、泣いてる女性になんてことを」
「黙れ。男女平等パンチ」
喚く金髪のガキにもガツンと拳を落とす。
こんなもんで済んだことを有難く思え。つかお前男だったのか、普通に女だと思っていた。
金髪のガキも最終的に泣いた。
俺は苛々が天元突破で舌打ちして、泣き喚いて腕にしがみつき続けるソフィアを無理矢理おぶり、金髪のガキの手を引き摺るように握って歩いた。感情に飽かせて無駄に時間食ってしまった。
バレないうちに、捜索中に発見した裏口を死体からパクッた鍵束で開け、また道をひたすら歩く。
「で、...アディ様!!」
「アディ様!!」
そしてすぐ走ってくる騎士集団と行き当たった。
やっぱお前どっかのボンボンだったか。この甘やかされたお坊ちゃまが。俺もそうだが。
「でッアディ様! よくご無事で!」
でアディ様。ハッ。面白い名前だ。まあ俺にはどうでもいい。さっさとアディ様引き取ってくれ。
「何者だ! 今すぐその手を放せ!」
だがこれは頂けない。
主人が消えて慌てたのだろう。見つかって安堵し、しかしそれらしい脅威は見当たらず、無理矢理腕掴んでいるらしい俺に昂っていた感情が解放されたんだろう。俺の剣の、血の染みた柄に目が一瞬行ったのも気づいてる。だからどうした?
貴様らのグズグズ泣いてるご主人様の手を引いて暗い道歩いてやってる子供に、自分の感情発散したことに変わりないだろうが。
「何者」かの答えとして、俺は貴族令息らしい格好をしている。鞘にはグラディウスの家紋もある。そこまで気が回らないということは、つまり俺に気を遣う価値がないと断じたと判断させてもらうぞ、無能。
「何者...? 何者だ? 貴様らの大事なガキを救出してやった者だこの間抜け!!」
「なっ! 駆けつけてくれた騎士になんて口の利き方を...! お前なんかいなくても僕は一人で」
「じゃあ、行け」
俺は冷ややかに突き放した。代わりにソフィアを背中から降ろす。いい加減俺の背中をタオル扱いするな。気が緩んだか知らないが、ずっと静かに泣いてる。鼻水とか付けてないだろうな。
「行け、...って」
金髪はよろけ、やや躊躇いがちに振り返りながらもお迎えの騎士に向かう。そうして数歩歩かせたところで。
俺は空いた両手で金髪の両腕を掴み、引き戻した。背後から暴れる体を捕まえる。迎える体勢で居た騎士どもが硬直する。
脅威をお望みなら、多少それらしく振る舞ってやろうじゃないか。
俺はその数十倍心臓が止まる思いをしたぞ。
騎士の目の前で金髪の抵抗を抑え込み、顔を覗きせせら笑う。
「...ほら。ほらほらほらほら。子供一人の力さえ振りほどけない。このままキスしてやろうか? お姫様」
「ッ......!!」
途端顔をパッと赤く染めて睨まれたから、倍近くの目力で睨み返してやった。
怯んだ金髪を、捨てるように騎士へ放る。
騎士から睨まれた。お前もやんのか? 上等だコラ。もちろん睨み返す。
「俺が間に合わなければどうなってたか教えてやろうか!? このチンケなガキ二人は薄汚い男どもに集られ腹が膨れるまで」
まだ泣いてるソフィアを見て、俺はピタッと口を閉じた。目も閉じ、長く息を吐く。これ以上は子供の前で言うもんじゃない。
「子供の俺に仕える主人を助けられて恥ずかしく思わないのか!!! この出来損ないの犬どもが!!!」
だが矛を収めてやる気はサラサラ無い。
俺はパッと目を開いて、全員を怒鳴り付けた。
あ゛? 文句あるか? 俺に言ってみろ。
泣いてる危機一髪幼女の兄である俺に言ってみろ。この怒りを「無礼」だとでも口に出してみろ言い値で買うぞ。
「ハッ」
怯んだ騎士たちに、クソガキ笑顔で吐き捨てるように笑った。
他愛もない。
どいつもこいつも八歳児だからと見くびりやがるのが本当に腹立つ。今は八歳児でもいずれはグラディウス家当主だ。皆それを忘れているらしいな。馬鹿にしやがって。
年月で許すと思ったら大間違いだ。いつか絶対に泣かす。
その顔も記憶してやる。
「...ああ、いや、今の発言は失礼だったな。主家はどちらだ? 然るべき後に、グラディウス家からぜひお詫びをしたい」
後に、後にな。おい。なあ?
そんな思いで、騎士たちの顔やら制服やらをジロジロ眺めてたのがバレたんだろう。
若いのは一度口を開きかけたが、隊長格らしい男が手で制した。
「やめろ。...申し訳ありません。大事なお嬢様を助けて頂いたこと、感謝します」
「ちがっ——」
「お嬢様」
お忍びか。
俺は無反応でじっくり眺める。すると騎士たちは全員、黙って頭を下げた。
なんだ。ここでちょっとでも苛立ったり、馬鹿にしてくるようだったら、難癖付けてやろうと思ったのに。
「チッ」
舌打ちに、これまた何人か動くが、また制される。
俺がツカツカ金髪に歩み寄っても反応無し。残念だ。
「いだっ、いだいぃ...」
鬱憤晴らしに、金髪の頬をガッとつまんでやった。
へろへろ抵抗する手を抑え付け、涙の残る頬をぐいーっと引っ張る。餅かよ。
視線が煩い。黙れ。子供同士の戯れだろ微笑ましいだろうが。
摘ままれて赤くなった頬をグニグニ揉まれながら、金髪はなんとか主張した。
「ぼくは、
「......」
ほほう?
そこが貴様の泣き所か。
ニヤァ......という笑みが自分の顔に広がっていくのを感じる。
「...いいや? お前は可愛い可愛いお姫様だよ。弱っちくて、鈍臭くて、小さい。俺の妹と同じだ。可愛いなあ、守ってやりたくなるなあ」
「同じじゃな、」
俺は金髪を押した。
金髪はぺしょっと転んだ。
もう一度、ヤンノカコラの目でギロッと見るが、騎士たちは悔しげに沈黙したままだった。
ここまでやってももうボロは出さないか。
俺は諦めて溜め息を吐き、その場にしゃがむ。
俯く頭を押さえつけるように手を乗せ、強く掻き混ぜ、金髪をボッサボサに乱してから離した。
「...頑張って耐えたな」
悪役向きの脳ミソだけあり、俺は恐怖を(今みたいに)怒りや攻撃性に発散できるタイプだが、こいつがどうだかは知らん。まあ頑張ったのは確か。
立ち上がって離れる。
「帰るぞ」
「ま、まって。おにいさま、おにいさま!」
トテトテ転がってきたソフィアをキャッチして引き摺る。
「待て!」
振り返ると、立ち上がった金髪が俺を睨み付けていた。
「名は何だ!」
ほうほう。お前も俺の名を覚えておきたいか。良い心がけだ。
しかし威張ってるところ悪いが、顔半泣きだぞ。
「ダリウス」
まだグスグス言ってるソフィアを指差す。
「ソフィア」
そして金髪にガンくれる。是非とも家名を言え。
「お前は?」
「ア......アディ」
「アディお姫様」
俺は最後にニヤニヤ笑って、今度こそソフィアをおぶって帰った。
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