第6話 アディ 1


順調に屋敷内の浄化が進んでいるように思う。同時に俺も、気持ち良いほどヘイトを溜めている。

それをバネにしてかは知らないが、ソフィアも順調に召使いの子供と親交を深めているらしい。なんか、ゲームにもそういうポジ居なかったか。友人メイドみたいな同性。これで同年代恋しさに、俺に纏わりつかれることも減るだろう。

俺は以前の悠々自適な我儘坊ちゃんライフに戻り、空いた暇は異世界カブトムシ採りなどの娯楽で補おう。


魔性のロリが住人に追加されてしまったせいで屋敷から離れられない日が続いたが、本来俺は大人しく屋内で一人遊びに精を出すような良いお子様では無い。

上等な馬に乗って庶民蹴散らしながら街道突っ走ったり、森まで行って意味もなく弓矢放ちまくったりするのが大好きだ。たまに落馬して悪態吐きながら神殿で癒してもらうが、俺は強いクソガキなので泣かない。

そして懲りずに繰り返す。誰も俺に逆らえない。

俺は領主の息子だ。領館は俺の城であり、つまり領地は俺の庭だ。



特に、今日は収穫祭。高慢な悪役令嬢を養成する土壌なだけあり、グラディウス家はなかなか羽振りが良く、こうしたイベントは盛り上がる。あらゆる娯楽がごっちゃになり、清濁混在するどんちゃん騒ぎには、俺も是非とも参加したいところだ。


俺は喜々として一目で庶民の神経逆撫でしそうな、とりわけギンギラギンの馬車を選び、腰に剣を吊るし、金貨の革袋引っ掴んで街へ繰り出した。

スピードが遅いとイラつけば自ら御者台で鞭を振り下ろし、『あの馬車八歳児が運転してる怖すぎ』という顔で散っていく庶民を堪能する。安心しろ。こういう楽しみを繰り返した結果、俺は無駄に馬の扱いに長じた。それを隠し敢えてフラフラ運転をするのも乙なものだな。

気ままに金をバラ撒いたり店を冷かしたりなどして、今は街中にある騎士団所有の館に馬車を留めている。警察署のような場所だな。領内の騎士団を運営しているのもグラディウス家、もちろん癒着済みだ。


俺は購入したジュースを飲みつつ、館の玄関口で立ち話している街の騎士たちに耳を傾ける。まさか領主の息子が、御者台の陰に座って聞いているとは思わんらしい。好き勝手話してくれる。面白い。

ソフィアの話だ。


「たかが馬車にわざわざ騎馬集めて、贅沢だな。グラディウス家の我が儘坊ちゃんは相変わらずか」

「変わらないね。お陰で、妹となったソフィアお嬢様があんまりにも憐れで...」

「ああ...。でも、最近は妹君へのちょっかいも減ったんだろ?」

「そうだよ。それでやっと、城下や使用人の子と、友達ができたらしい。お嬢様が嬉しそうだからみんな見逃してるが、今日もあっちの方に、」


失言したらケチつけてやろうとニヤニヤ聞いてた俺だが、指差す方を見て、ふと真顔になる。


「サーカスに行くんだと」


サーッと血の気が引いていくのを感じた。



「早く追えッ!!!」


俺は腰の剣を調整しながら御者台を滑り降りていた。


「だッダリウス坊ちゃま!?」

「何をグズグズしている! ソフィアが、サーカスだと!? 貴様わかっているのか!? 追え!! 連れ戻せ!!」


騎士に駆け寄り腕を掴む。いくら多少馬が扱えるとはいえ、本職には劣る。御者台に誰か大人を据えなければ。人も足りないが、街を走りながら巡回の騎士を拾えばいい。


ところが騎士は、憐れむような、しょうがないものを見るような目で、俺を見下ろし。

動かずに。


「...坊ちゃま...いくら庶子とはいえ、ソフィアお嬢様も同じグラディウス家の子供です。坊ちゃまも楽しまれるのですから、ソフィアお嬢様も遊びに行くくらい」

「同じではない」


喰い縛る歯の隙間から声を絞り出した。

俺は偉そうに厳つい騎士何人も連れ歩いていて、普段から権力振りかざしてる領主の嫡男で、騎馬があり、帯剣している、男だ。

それを。無力で、無知で、非武装、大声で助けを呼ぶことさえ儘ならないような幼女が。子供だけで。

サーカスだと。

この薄暗く放蕩な街にて、だと。



この野郎。


「......貴様の顔は覚えておくぞ」


俺は今自分が籠められる全ての怨念を籠めて男を睨み、馬車から馬を一頭解いて飛び乗った。




今は馬術はどうでもいい、とにかくスピードだ。鞭を打ち、拍車をかけ、男が指さした暗い路地に突っ込んだ。馬は最初は不満そうにしていたが、行きたい方向さえ従えば速度は制限されないと気づくと、それなりに従った。

つくづく思うが、ここらは本当に子供が通る道ではない。そんな場所のに世間知らずのソフィアが気づくならば、そもそも子供を誘き寄せる仕掛けがあったに違いない。


案の定。

とにかく縦横無尽に馬を走らせれば、子供騙しの電飾じみたガラス玉飾りの、『魔法属性鑑定—子供は無料—』の看板が。こんなもので釣られるのはよほど馬鹿か、危険を知りながら自分に害は至らないと信じる馬鹿だ。


俺は一瞬怯み、怯んだ自覚で額に血管が浮き......期を逃さず落馬した。


「ッあ゛あクソ死んだら祟ってやるあの幼女...ッ!」


俺は落馬のプロだ。舌を噛まぬよう歯を噛み締めて耐え、ドン、と頭を竦めて背中で衝撃を受ける。首を折らなかっただけ儲けもの。そこで止まらず、勢い何度も転がって離れる。

立ち上がってすぐ走った。

無人の扉に飛びつき、問答無用で錠に剣を振り下ろす。何度も何度も。鍵を抉じ開けるというより、鍵の周囲の木戸を破壊するようにして踏み入った。


玄関ホールには、複数人の男がいた。

外の騒ぎを聞きつけ集まったんだろう。警戒した目を扉に向けていたが、侵入した俺を見て一瞬目を瞠る。


「おま...貴方は、グラディウス家の...?」

「......。」


無言で押し入ろうとするが、気色悪い偉そうなデブに止められる。背後には屈強な筋肉要員。クソが。


お買い求めですかな? 生憎、領主様から何もお知らせは届いておらんのですが...」

「敢えて俺に触れろ。掠り傷でも付けてみろ。ここで俺を犬のように殺せ。貴様らは終わりだ」


暴力には至らないが威圧的に制止する手を、強く叩き落とす。



「俺はグラディウス家の嫡男だぞ!!!!」


腹から爆音の声を出した。



言葉そのものの意味はどうでもいい。

権威と激しさで、一瞬怯ませたことこそが重要だ。俺は固まった男たちの間を走り抜けた。


屋内は一見ホテルの廊下のようで、建物の外観もそうだったが、しかし廊下の両脇に広がる客室だけが違う。牢獄だ。なんてホスピタリティ精神の無い。鉄格子をチラッと見ながら駆け続ける。

違う。違う。違う。少し年嵩。髪色が違う。幼過ぎる。違う。居た。




ソフィアは如何にも陰険そうな痩せぎすの男に引き摺られ、牢に入れられようとしているところだった。弱弱しくもがく度、薄暗い廊下の照明に、ソフィアの淡い金髪が虚弱に光る。男は短剣を手にしていて、刃は赤く濡れていた。

嫌々と頭を揺らせば、ふっくらとした頬から赤い雫が、ピッ、と汚い床に落ちる。


一瞬、目の前がチカリと点滅し、真っ赤になってから収まった。


「...ゃ...や...っ!」

「ああぁ嫌だねえ。ごめんねえ。こんなところに来なけりゃよかったねえ。アハ」

「やめろ! このッ!」


そしてお友達らしきガキも居た。

これまた上等そうな金髪のお綺麗なガキで、ソフィアを止めようと食って掛かるたび、明るいプラチナが揺れる。

そんで男に蹴っ飛ばされてプラチナが汚れる。これまた変態寄せ付けそうな子供。


「大丈夫! 大丈夫だ、僕が絶対助ける!」

「あ、あでぃ...」

「それに、助けが必ず来る!」


ザッと聞くに、この金髪がうちのアホ幼女を唆したらしい。薄々危険を察してはいたが、正義感だかヒーロー願望だかで、犬の餌にもならん救助活動。そしてこの顛末。

貴様とソフィアが揃ってノコノコ犯罪現場に乗り込めば、こうなるだろうとも。


「コイツは煩いなぁもう...」


男はもはや二人纏めて、牢に入れようとしている。子供二人を片腕で抱き込む、その、好色にまさぐる手。

男は牢に向かい、俺に背を向け、鍵をガチャガチャ弄っている。


「ちょっとお仕置きしましょうねぇ。ほら大人しくさせるのも商品管理の一環だし...」

「あでぃ、あでぃ、おにいさまぁ」

「今に騎士たちが迎えに来るさ! だって、僕は本当は——」



俺は静かに、背後から男に近づいた。

踵を切り付けた。


「ぎゃッ!!?」


悲鳴を上げ倒れる男の胸倉をすかさず掴み、泡食って仰け反る顎下の皮膚に剣先を当て、突き上げる。

潰れた呻きまで貫き通し、吹き出る血を顔に浴びながら、俺は男の息の根が止まるまでをじっと見上げていた。




「......チッ」


ぬぷり、と赤を零しながら剣を抜き放った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る