第4話 滅せよロリコン


「......」


敷地に入り込む馬車が鍛錬場から見え、俺はふと目を上げた。


「...坊ちゃま?」


勝手に訓練から気を逸らした俺だが、しかし領主の息子を一方的にボコる訳にはいかない。俺の師である騎士は、律儀に手を止めて伺ってくる。俺は無視して、側の召使いから汗を拭くタオルを取り上げ、それで汗ではなく土まみれの模擬剣を拭った。


「洗っておけ」


模擬剣を鞘に収め、近場に居る厳つい騎士を二、三人、指摘する。


「ついてこい」




「娘さんですか、なるほどお可愛らしい——」

「ええ、どうやら母親に似たようでしてね——」

「失礼します」


俺はドカッと扉を開けて応接室に押し入った。背後に連れてきた騎士二人も続く。


「だっ、ダリウス!? 今ここで何をしているのかわかって」

「我が家の客人を、グラディウス家の子女がもてなすのでしょう。知っていますよ」


俺はクソガキの笑みで頷いた。大人の話なぞ絶対聞かんという顔だ。

ソフィアにつと目を向ける。


「まさか大事な客人を、嫡男の俺ではなくがもてなすのが相応しいと?」


言外に『母上に言うぞ』と圧をかければ途端に父上は大人しくなる。

ちょこんと大きなソファに座るソフィアの横に、どっかりと腰掛けた。俺も子供だから足は着かないが、効果音はそんな感覚だ。


ちなみに靴は泥汚れが付いたままで、頬にも鍛錬での血が滲む擦り傷。鞘に納められた模擬剣も、腰から外れていない。

俺も柄からずっと手を離していない。

向かいの客人から視線も一切逸らさない。

俺の背後に厳つい騎士二人を立たせる。虎の威を借りる狐で結構。


「行儀良くしろ」


俺は一瞥もせず、隣のソフィアが落ち着かなげにもじもじ弄っていたスカートから、ソフィアの手を引き剥がした。その動きを客がどんな目で追っているのか、俺もじっと目で追う。

単に動きに視線が行っただけ? 行儀が気になる? 子供の作法など気にしなくていいのにと思った?

あるいは幼女のスカートが気になるのか貴様は。


母上に関してはノーコメントだが、父上に関しては、あれは愛した女の子供を可愛がってはいるんだろう。初子の俺が娘でなかったのもあり、幼女の扱いというものはまるでわかっていないが、相応に見せびらかしたい欲はあるらしい。

まさかマナーを仕込んでもいない庶子の娘を貴族には晒せないが、屋敷に出入りする商人やら家臣やらに、事あるごとにソフィアをお披露目している。

この中にロリコンがいる。

あるいは今のうちに唾付けときたい人間が確実にいる。


いる。絶対にいる。ロリコンの存在が許される世界ならば、そういう人種は確実にいる。

ましてや前世よりも遥かに、法律、初婚年齢、庶子の扱いが怪しい異世界。確実に、絶対に居る。

貴様ら客のうち誰かはロリコンだ。


ロリコンが存在するならば、ロリコンに襲われる危険も常に存在するのだ。しかし例えば俺が直前に危険に気づけたとして、子供の力では、目の前で凶行に及ばれてもどうにもできないだろう。

未然の未然の未然に防がねばならない。何せ八歳児だ、せいぜい模擬剣で背後からタコ殴りにするくらいしかできない。

だからこうして、客一人一人、ソフィアとの初対面時に俺が割り込んで品定めするはめになっている。


「ソフィア。戻れ」


小さな焼き菓子を一人ずつ配り、それでもまだ世間話で引き止められているソフィア。に話しかけている客を凝視しながら、俺は冷ややかに言った。

ソフィアはビクッと肩を震わせて蒼褪め、慌てて俺のもとへ戻った。焦ってソファに乗り上がれず、何度もぴょんぴょん跳ねている。それを、助けようとでもするつもりだろう、客が腰を浮かせる。俺は舌打ちした。


「やはり礼儀がなってないな。お前にこの場は早いようだ」


ソフィアの腕を掴んで引き上げ、同時に俺も立ち上がる。


「お前らも出ろ。失礼しました、父上。御客人」


騎士たちも呼びつけて、最後に俺が扉を閉めた。

あの客の男はブラックリスト入りだな。



「言っただろう。この礼儀知らずをちゃんと見ておけと」


廊下で気を揉んだ様子で佇んでいたメイドに、引き摺り出したソフィアを投げ渡した。俺や騎士二人の靴で泥だらけの絨毯をチラッと見下ろす。


「...ああ、それと。絨毯は掃除しておけ。では俺は鍛錬に戻る」


騎士たちについてくるように示すが、二人は気づかわしげにソフィアを見ている。乱暴に扱われた幼女が心配か?

あるいは貴様らもロリコンか。

そんな思いで瞬きせず観察していたら、やがて騎士たちは無言でソフィアから離れ、俺の後に従った。従順だな。従順な騎士だ。

あるいは従順なロリコンだ。

今のところ。


「メイドはそこの庶子にくれてやる。俺はいらん。貴様らは俺に従順だな?」

「...もちろんです。坊ちゃま」

「ソフィアに近づくな」

「ご命令ならば」


俺は目を細めて二人を見た。


「......口では何とでも言える」




またいつもの、鍛錬場まで続く廊下。例によって俺は、ヤツの足音を背後に聞いた。

最初は袖を握ってこようとしたから、引き離して足早に歩いた。多少の速足に、ソフィアは駆け足になって追いかけてきた。そして今ピタリと俺が止まると、ソフィアも目を丸くして一瞬固まり、パッと笑顔になってラストスパートだと言わんばかりに全力疾走し......その緩急差に小さな体が耐えられず、べしゃっと転んだ。

アホすぎる。


「はっはっは」

「うえっ、えっえっ」


こうして巧みにソフィアを屋敷から釣り上げてきた俺は、膝小僧を押さえて地面で丸まるソフィアを背に、背後に並ぶ騎士たちを振り返った。




「こうして貴様らを呼んだのは、我が領の騎士団総出で俺を鍛えて欲しいからだと言ったな?」

「はっ」


いつも俺に剣術を教えてる師が、腹からの声で答える。


「あれは嘘だ」


師も、他騎士たちも、目を見開いて固まる。こうも大人しく沈黙してくれたら、話がよく聞こえるな。俺は続けた。


「俺は今日鍛錬しない!!!」


俺は両拳を握り締めて喚いた。これで八歳児の全力が伝わるだろう。


「集めたのは、貴様ら全員に聞きたいことがあるからだ。この中に妻がいる者はいるか? 手を挙げろ」


一瞬、騎士たちの間に緊張が走った。何だ? 俺はまだお子様だぞ。わざわざ部下の妻を聞き出して寝取り趣味とかは無い。睨み付けると、やがて手が挙がる。


「子供がいる者はいるか?」


またパラパラと挙がる。


「同性愛者はいるか? 言っておくが、いずれ俺が大人になって騎士団を統制するようになればバレることだ」


しばらく沈黙があり、やがて追い詰められたような顔の者から、何人か手が挙がった。それに軽く頷いて、残る手を挙げなかった数名を眺め、続ける。


「では。幼女性愛者はいるか?」


場が静まる。

俺は模擬剣を抜きながら、騎士一人一人の顔を観察した。


「幼女を性愛の観点で見れる者は? 言え!! 正直にだ!!」


急に声を荒げると同時、ドンッと近くの木を模擬剣で殴り付け、まだ微動だにしない騎士たちに叫ぶ。


「あるいはそのような疑いがある者! 疑わしい人間を報告しろ!! 褒美をやろう!!」


ここまで言っても、告発は無いらしい。少なくともこの場では。ならば俺は、模擬剣を収めながら言った。


「...今言いにくいなら、後で一人で俺へ言いに来い。『あの者は幼い少女を性愛対象に見ているようです』とな。教えてくれた者には、俺が直々に褒美をやる」

「ふえっ、えぅ、うぇぇん」


俺の剣幕からの落差に緊張が切れて、ソフィアが泣き出した。それまではビックリした顔で固まっていた。


「......。」

「おにっ、おにいしゃま...ぅぅ...」


俺は無言で、ソフィアを泣かせたまま腕に抱き上げ、隊列の間をゆっくり回る。

順繰り、順繰り、一人一人の前に立って、真正面からソフィアの泣き顔を見せ、俺は見ている男の顔をしげしげと眺める。ソフィアが泣き止みかけたら頬を抓ってまた泣かせ、また一人ずつ、泣き顔を見せて反応を観察していく。

騎士たちは揃いも揃って紙のように白い顔で、彫像のように表情を動かさなかった。たまにピクリと目や頬が痙攣しても、俺がそいつの前にしばらく立ち止まると、痙攣さえ止む。

結局、俺は待っていたが、密告者も一人も現れなかった。


話は変わるが最近、我が騎士団に空前の恋人ブームが来ているらしい。流行は同年代~年上の恋人で、なんと同性愛者でなかった者すら、この際男同士で良いと色恋に走っているとか。垣根を超える愛は素晴らしいな。

法定年齢の垣根さえ越えないなら好きにしろ。



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