第3話 ヒロインソフィア
今回の件で俺が感じた二点。
一つ目。だから最近ソフィアを見なかったのか。
二つ目。異世界ヨーロッパファンタジーにもロリコンは居たのか。
結論から言って、例のロリコンは未遂だった。
ソフィアが一人で居るところを狙って、迷惑だの何のと理由を付け、俺から引き離すまでは今まで成功していた。さらには胡乱な「お勉強」にまで連れて行こう頑張っていたらしいが、これはソフィアはギリギリで躱していたらしい。
本人は「......なんかやだった」と供述した。その感覚を大事にしろ。
しかしあのように追い詰められたことは何度もあったのだろう。強引な手段に踏み切られるのも、時間の問題だったはずだ。
ロリコンは日本人男性の専売特許じゃなかったのか。西洋顔の風上にも置けん。とはいってもここは、その日本人の性癖を煮詰めたような乙女ゲーム世界。少女めいたヒロインのキャラデザも、それに集る攻略キャラの野郎も、ロリコン趣味と言えなくもない。
ロリが許容範囲の成人野郎もこの世界にあり得ると知ってから、見る世界が変わった。もう何もかもが疑わしい。
ここに乙女ゲームヒロイン(ロリの姿)が居る。
この現実を、俺はもう少し真剣に考えた。
ゲームヒロインのソフィアは見事に複数名の男を侍らせていたわけだが、これはなぜか?
ゲームの強制力? ヒロインは攻略キャラの運命だった? 単純にヒロインが攻略キャラの好みド真ん中だった?
いいや。いいや。いいや。まあ攻略キャラのタイプは正直知らんが。
乙女ゲームの設定を現実に据えたらこうなる。前提として、ヒロインが十人中十三人くらい振り返る絶世の美少女。異性愛者ならどんな男も多少は魅力を感じる外観。
そうでなければ成立しない。
羽虫のように寄ってきた男連中の中から、顔と実力でたまたま生き残れたのが攻略キャラ。学園にひょっこり入学してきたあり得ないレベルの美少女への、男複数名の醜い大騒ぎから、まだ物語に出来そうな上澄みを切り抜いただけ。これが実態だ。
この世界に現地人として生まれた俺が、かつ男の価値観で解釈したらこうなった。乙女ゲームとは即ち、ヒロインのポテンシャルの証左であると。
俺だってソフィアのことは美幼女だと思っていた。
流石は乙女ゲーヒロイン、ロシアとかの世界的スーパーキッズモデルの域だなと。これは妖精レベルじゃないかと。
だがその発想止まりで、どうにかしてやるにしてもせいぜい小学生男児の虐めを発揮するくらいだ。
なぜなら、俺は前世女だった。
精神面ではソフィアの同性として生きた記憶がある。現在の肉体も、第二次性微も迎えてない男子小学生。
さらには前世の記憶。Vチューバーやら韓国ドールメイクやらAIイラストやら、早々見ないくらいの美貌も、ネットで見つけられる簡単な消費コンテンツだった。スーパーモデルもググれば出てくる。
手に入れられるかは別として、鑑賞の美は飽和状態の世界を生きた。
一方、この世界では......この世界にも、桁違いの美貌は、有るには有る。
エルフ、精霊、美人の血を凝縮した貴族。あとよくわからん化物が人化した姿。
並べてみればわかる通り、この世界の美は力に直結する。
当然ながら、そんな美人に相手してもらうには、相応の実力や利益を示さねばならない。
この世界で妖精のような美とは比喩ではなく、まさしく神秘の、下々の人間にとっては焦がれるしかできない、手の届かないものだ。
さてここに、どんなクソ雑魚も気軽に誘拐できそうな、妖精のように可愛い放置子がいる。
将来的には貴族美男子にガッツリ囲まれて手を出せなくなるが、今はまだ弱っちく、一人ぼっちで、たかが八歳児の虐めでピーピー泣く、魔性のヒロイン様(小)がいる。
「......冗談やめろ」
そして俺はそのお兄様であるのだ。
俺は呻いた。
「おにいさま」
ゲームではまだ良かったのだろう。ゲーム内のヒロインは幼少期、一日中義姉に張り付いて掃除だ食事だドレスだといびられ、つまり怪しい人物とブッキングする隙も無かった。義姉付きの召使いたちにも囲まれていた。
ところが俺は男。生活は噛み合わない。
よって、ネグレクト。
気づいてみたら成程、ソフィアはポツン、と一人でいることが多かった。俺がメイドに世話押し付けてからは多少マシになったようだが。
ようは俺の方からアクションが無ければ、召使いたちは何も出来ないらしい。心情的にはヒロインに傾いていても、召使いたちは母上様が怖い。せめて嫡男たる俺からの保証が欲しい。指示待ち人間どもめ。
案外ゲームでの召使いとヒロインの交流も、義姉のオマケ扱いにかこつけてどうにか、というところだったのかもしれない。しかし再度繰り返すが、俺は男。
幼少から女の嫉妬に晒されるか、男の欲に晒されるかの二択か。乙女ゲームヒロインの人生ちょっとキツすぎないか?
まさか義姉が義兄になる違いで、こんな齟齬が生まれるとは。
「おにいさまっ、おにいさまっ」
「......」
そんな居るだけで犯罪臭だだ上がりのロリが、トテテテッと後を追ってくるのを、俺はようやく振り返った。
「おにいさま...」
「泣くな!」
いつぞやのようにおずおずと上着を引く手を叩き落とし、いきなり怒鳴り付けた。
「ふえっ...」
するとヒクッと肩を揺らして固まり、咄嗟に出る声がもう、嗚咽じみているという。この。コイツ。
俺がちょっと険しい雰囲気出しただけで不安そうにする。大声出されるとビックリして固まる。すぐ涙が出る。すぐ赤面する。でも自分は咄嗟に大声を出せず、ふえふえ小さい幼女声で泣く。
何だこれは、愛玩するためだけの生き物か? それが乙女ゲームヒロインだとでも言うつもりか?
現実に存在すると相当面倒な生命体だ。断言する、将来女に嫌われるタイプだろう。
俺に頬つねられても泣くだけで抵抗すらできないから、そういう涙目で見上げるのがたぶん「媚売ってる」とか言われるようになるんだ。
「『お兄様』の一単語に言語能力が限定されてるか? 俺のことはダリウス様と呼べ」
「だりうすおにいさま...」
間に余計なものを挟むな。
ふわふわした金髪を掴み上げ、強制的に目を合わせる。
「そもそも何で俺についてくる? いつ俺についてきていいと言った?」
「だって、でも、だって...」
出た。でもでもだって。俺の語調に追い詰められ、ソフィアはさらに言葉に突っかかってもじもじしながら、ようやく言った。
ただし目は合わせられず、俯いてる。
「だって、おにいさま、おへやじゃ会えないから...」
「......」
その真っ赤な耳を見下ろし、俺はもはやうんざりしていた。
あと十年、いや五年も経てば、こういう言動が勘違いを生むのだろうな。
もしかしたらソフィアも、俺が唯一の庇護者であると本能的に気づいて媚びているのかもしれない。単純に屋敷に同年代の子供が少なく、暇なのもあるのだろう。
現状のグラディウス家において、良くも悪くもソフィアは俺のオマケであり、意地悪な義兄が何らかのアクションを起こさなければどうにもならない。先日、メイドに世話を命じたように。
しばらくソフィアで遊んでいると、やがて慌ただしい足音が近づいてきた。
「お嬢様...ッ!」
泣いてるソフィアの横で模擬剣を腰につけたまましゃがむ俺に、ザッと顔色を変えてメイドが駆け寄ってくる。それを見て、俺も立ち上がった。
本来なら置き去りにしてやった場面だが、下手に一人にすると、またどこからかロリコンを吊り上げてきそうなのが懸念だった。誰かが迎えに来るまで側に居ざるを得なかったのだ。
ソフィアの体の下に靴を差し込み、持ち上げて、蹴り飛ばすようにメイドの方へコロッと転がす。頭を撫でてやった。
「じゃあな」
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