第2話 悪役令嬢♂ムーブメント
まあこんなもんで母上は喜んでくれるだろう。
見てるかは知らんが、たぶん見てないが、一応母上の部屋がある窓に鍛錬場から剣を一閃し、礼をする。
たぶん気づいてすらいないな。放任主義最高。
乙女ゲームヒロインソフィアが我が家に来て、一時はどうなることやらとも思ったが、俺の生活は驚くほど変わってなかった。自由気ままな貴族のボンボン暮らしに影響は無い。
これにも性差は関わっているんだろう。俺は男に生まれたから、女だった場合のIFなんぞ、前世の朧気なゲーム知識でしか予想できないが。
原作では義姉付きのメイドか何かになってたはず。同性であるから姉のダンスだお作法だ刺繍だとかの手習いに妹も同行させられて、小間使い扱いされてたんだろう。
だが跡取り息子はそうはいかない。習わされる学問といったら政治学やら弁論やら剣術やら、放任されてるドラ息子とはいえ、一応ご世間様に最低限顔向けできるくらいには教育されてる。
ゲームには学園なんてものがあるからな。どうやったって子供が競い合う。その時に、男が読み書き計算できませんじゃお話にならない。
つまり男女じゃ教育方針や行動範囲が違う。興味関心も違う。一緒にいる時間がそもそもあまり無い。
そうでなければ、俺はなんだ、鍛錬で弾き飛ばした剣でも拾わせるか? 幼女に? それはさすがに俺でも躊躇われる。
だから去り際の「またな」も、案外遠い未来の約束だったりするのだ。
訂正。大人の脳では直近かもしれないが、吸収力抜群の八歳児の俺には、果てしなく遠く感じる。俺より小さいソフィアには尚更だろう。
たまに出くわした時のみ、俺は小学男児ムーブでソフィアのスカートを捲り(比喩だ。捲らない)、ソフィアはそれをたまに耐えればいい。少なくとも原作ゲームのように四六時中いびられるよりは、良い取引だと思う。
原作よりはマシだろうが小姑じみた令嬢で無かろうが、俺はクソ生意気で我が儘なガキとして知られている(事実だ)ため、そこに幼女虐めまで加わって、精神的にアウェーなのは俺の方。妹が来る以前より断然ヘイトを集めてはいるが、それで俺の地位が揺らぐでも無し。
まったく気にしてない。ソフィアだろうが召使いだろうが、どうやったって立場は俺の方が上だ。貴族のドラ息子最高。
庶子として、ソフィアも支持率集めるにはこれで丁度いいんじゃなかろうか。俺が召使いの同情は集めてやったから、後はヒロイン様の魅力でも何でも駆使し、下々の者とよろしくやっててくれ。そっちの方が母上様のヒスも安定しやすい。
そっちはそっちで上手くやれ。
俺は俺で、幼女虐めの娯楽を失った際には、異世界カブトムシ採りにでも全力を出そう。
こうした無責任なエールを送りつつ、俺は出くわした時だけ虐め、それ以外はソフィアのことなど綺麗に忘れて過ごしていた。
ふと思い出したのは、ソフィアを思い出す切欠があったというよりも、逆にあまりにも音沙汰が無いからだ。
なにせ幼女が家に加わった。俺だけの天下は終わった。子供とは煩い生き物で、いずれ屋敷に幼女の甲高い叫びが響き渡るだろうと、薄々観念していたのだ。
なのにあまりにも静か。そのせいで俺はふと、そういえば
俺は授業をフケて、ソフィアを探してみた。
稀によくあることだ。ご友人として連れてこられた家臣の子供が気にくわなくて、虐め倒してから鍛錬を抜けたり、家庭教師の見下し具合が鼻についたり、単に気分が乗らなかったり。など。
果たしてソフィアは、俺が鍛錬場に行くときの廊下の、出入り口近くにいた。
「だからお兄様はソフィアお嬢様に会いたくないのだと、何度も言っているでしょう」
「でも、でも...おにいさま、」
「ご迷惑ですよ。......さあ、お嬢様も、いい加減私とお勉強をしましょう」
言ってることはまともだ。だがしかし、召使いの男は、「お勉強」と宣いながら。
「ゃ......っ」
ソフィアのスカートを掴んだ。
おい。おい。おいおいおいおい待てやコラ。
俺は背後から召使いの頭を剣で殴り付けた。
「貴様にお義兄様と呼ばれる筋合いは無い」
何し腐ってやがるこのドベが。
一発目。二発目。ガコン、ガコン、と音を立てて、床に倒れるまで殴った。
なにせ八歳児の力だ。反撃の隙を与えればどうなることか。というか、大の男の力で反撃されたらまず確実に負ける。
俺より視線下にきたらこっちのもので、タコ殴りにした。頭から血が出るまで。
「はあ、はあ......」
うっそだろ。
前世・今世合わせても、生身のペドの犯罪現場に鉢合わせするのは流石にお初だった。ゾッとした。
顔も見たくない。俺はひとまず、気絶してるペド野郎をズルズル引き摺り、家の外に放り出して。
「おい、おい! 誰か来い、今すぐにだ!!」
自分が殴られたわけでもないのに、気が遠くなりそうな顔してるソフィアの腕をしっかり握り締め、大声を出した。
なかなか来ないのにムカついて、そこらに飾ってある鎧に、ガィン! と剣を打ち付ける。パタパタ慌てた足音が近づいてくる。
やっと来やがったな。
「は、はい。坊ちゃま、ただいま...」
「——貴様らの怠慢のせいで俺がこんな面倒を被ることになったんだぞ!!」
泣いているソフィアを引き摺ってメイドの腕に投げ付けた。
「ひぅっ...」
「な、...!」
メイドは咄嗟といったふうに、よろけてたたらを踏むソフィアを受け止める。
「ちゃんと面倒を見ていろ、躾けておけ! もう二度と、二度とだ、こんな問題を起こさせるな。一人で彷徨わせるな!!!」
遅れてわらわら寄ってきた他使用人連中も、俺は纏めて睨み付けて怒鳴った。
ふーッ、ふーッ、と息を荒くしながら、剣先でトントン、と絨毯の血の染みを叩く。
「逆らえばどうなるかわかってるだろうな? コレだ」
しん、と静まり返る大人たちに、舌打ちする。
「返事」
「「「「「はい。坊ちゃま」」」」」
揃った声で答えられた。溜め息を吐いて、歩き出しながらそのへんに居た男に剣を押し付ける。
「外。男が一人いる。始末しておけ」
「はい。坊ちゃま」
この始末はどう解釈してもらっても構わない。俺は疲れた。もう寝る。
「お、おにいさっ——」
背後からソフィアの声が不自然に途切れた。メイドに慌てて口を塞がれでもしたんだろう。良いことだ、さっそく危機管理の躾が始まっている。
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