悪役転生ジャンル違い

エタらせ芸人

第1話 男なんだが


古典芸能並のテンプレ通りにトラックに轢き殺され、そのままテンプレに異世界転生。転生後のその世界観も、テンプレートのお手本通りに剣と魔法のファンタジー。TS転生とくれば少々変わり種だが、それも珍しい筋書きではない。

一応、前の生で一般市民として生活していた覚えはある。今現在は股下に一物ある列記とした男だが、前世は乙女ゲームも嗜む平凡なOLだった。ライトなオタクとして幅広くウェブ小説も読んではいたから、いわゆる「なろう系」にありがちな、異世界転生トリップたるこの状況にもそう驚きはしなかった。


生まれ変わりが存在したとかいう根本的ショックを乗り越えたら、家族の縁はほどほどだが金はそれなりにある貴族の、ドラ息子生活を満喫していた。わけなのだが。


目の前にいるのは幼い女の子。たぶん四、五歳? 六歳? 子供の年齢はわからん。

幼いからか、まだ淡い金色のくるくるした髪に、ほとんど透明の金色の睫毛に囲われる、ぱっちり開かれたエメラルドの瞳。

幼児らしいふっくらした乳白色の肌に、緊張でうっすらピンクに染まった頬。ちいさな掌はぎゅっと膝までのスカートを握り締めていて、目は少しの怯えとともにおずおずとこちらを見上げてくる。


「ソフィア、です」


どう見ても前世やった乙女ゲーヒロインの幼少期ですね。

二次元と三次元の違いはあるが、間違いない。



静かに天を仰いだ。

よくよく考えればうちの家族構成とか、国や周囲の人間の名前とか、聞いたことあるような気もすると思ってはいた。


ありがちの中世ヨーロッパもどき、魔法学院的な設定の乙女ゲーム。

貧しいながらも母娘二人、慎ましくも幸せに暮らしていたヒロインだったが、母親の病死によって幼くして孤児になる。そこへ実の父親だとか宣う貴族の男がやってきて、ヒロインは引き取られる。

ここまでならシンデレラストーリーだが、引き取られた先には意地悪な継母と義姉がいて、ガチシンデレラよろしく使用人扱いで散々にいびられる。

それでもめげずにいたヒロインは、十五歳になったら魔法学院に行き、そこで出会ったイケメンたちとなんやかんやで幸せを掴むんだが。その引き取られたときのヒロインが、モロこんな感じだったはず。


いやマジでか。


義姉............?



俺、男。


男なんだが......????




「あ、の......おにい...さま」


眉間を揉みながら無言を貫く初対面の兄に、突然生えてきた我が妹は、恐る恐る近づいた。おずおずと、俺の上着を引く。八歳児の険しい沈黙に潤む、無邪気な若草色の瞳。

それをチラッと見下ろして。嘆息して。

俺は小学二年生クソガキ男児に相応しい行動をとった。


「俺に近づくな。愚民」


パシッ。

と手を払われて転がる幼女に一瞥も惜しまず、俺は部屋を出た。






なぜならば母上がえげつなく怖い。


俺の生母であらせられる母上様は、子種をバラ撒いた父親やその庶子であるヒロインちゃんに、当然ながらおこだった。

ここで俺が女ならば、愚痴を言って同調したり何だり女の協調性が発揮されたのかもしれないが、俺、男。跡取りの息子相手に、そんな言動はしない。つまりひたすら、ピリピリした空気感と冷たい緊張だけがある。

シンプルに怖い。


祟る神には触らぬが限ると、俺は早々に母上と距離を取り、妹のソフィアのことは虐めると決めた。ここは原作に従うが吉。

もしかしたらオリジナル悪役令嬢もこんな感じで、大人の無意識下の圧力で虐めていたなら憐れだが、俺はバリバリに前世大人。生まれ変わったら精神年齢クソガキが入った気がしてならないが、大人ったら大人だ。存分に悪役令嬢として断罪してくれていい。令息か?


まあ何でも。乙女ゲーム的にも、あまりストーリーから離反しない方がいいんじゃないか。知らんけど。

俺は男で、家を継がねばならない。王子と婚約はできないのだから、俺のソフィア虐めが何らかのミラクルを起こし、ソフィアと王子の婚約が罷り通れば儲けもの。俺の断罪一つで、王家と縁続きになるのだ。

どうせ多少の罪では、跡継ぎ一人息子の地位は揺るがないだろうし。

存分に美幼女虐めをできるというもの。おっと本音が。


あと母上が怖いし。



俺はソフィアを押した。


「......っ!」


するとソフィアは無言のままコトッと絨毯に倒れ、エメラルドの目をシパシパさせた。やがてじゅわっと涙を滲ませながら、頬を真っ赤にして、絨毯に掌を着き立ち上がろうとする。

俺はもう一回押した。


「はは」


今度はソフィアはすぐには立ち上がらず、絨毯をじっと見下ろして俯いていた。俺からは、ふわふわの金髪の隙間の赤い耳だけが見える。

その場にしゃがみ込み、手を貸さず顔を覗き込むと、案の定ソフィアの目は涙でうるうる溶けそうになっていた。


「お、おにいさま......ふえっ」

「どうした、泣くか? グラディウス家の令嬢が簡単に泣くな。みっともない」

「......ぅ...えっ、えぅっ...」


しばらく堪えていたが、俺の言葉を聞いた瞬間、幼女らしい嗚咽が混ざってくる。泣くなと言われた矢先にこれだ。

満足した俺は立ち上がって、また廊下を歩き出した。突き当りには外への出口がある。貴族男児たるもの稽古事も多く、これから外で、毎日の剣術の鍛錬をしなければならない。

廊下脇に控えてる召使いから刃の潰された剣を受け取り、腰に吊るしながら足早で進む。


「おにいさま、おにいさまっ」


するとようやく立ち上がったソフィアが、トテトテ追いかけてきて......俺が何もしてないのにべシャッとコケた。


「あっはっは!」


見ていた俺は、大股でソフィアへ引き返した。小さな腕を掴んで、ぐーっと無理矢理引き摺り上げ......立たせてあげるでもなく、コロッと転がす。

ソフィアは絨毯にコロッと転げた。


「また転んだのか。鈍くさいな」

「うぅ...」


声がだいぶ涙混じり。俺はもう一度しゃがんで、べしゃっと潰れてるソフィアの金髪を引っ張る。


「またな」


頭を床に押し付けるようにグシャグシャ撫でる。立ち上がって、外の鍛錬場へ向かった。



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