ウイルスは厳密には生物ではない

海堂 岬

第1話

「おー、今朝は大ニュースだ。人類はいつのまにか、生物としての新たな能力を獲得していた! 」

もとから騒がしい始業前の教室に、大きな声が響いた。

「ん、何だそりゃ」


「RNAワクチンをうつと、人類のDNAに取り込まれるという真実が発見されたのです」

叫ぶと同時に笑い出した男に、容赦ないツッコミが浴びせかけられた。


「馬鹿じゃね」

「無理じゃん」

「俺じゃないって。ほら、これ」


クラスメイトの手にあるのはチラシだ。


「なにこれ」

「駅前で配ってた」

「あー、あのマイクで怒鳴ってる連中の。お前、生物学やりなおせよ」

「まぁまぁ、相手の意見もとりあえず聞いてみるってのも大切だろ」


 チラシには、人類のDNAを守れとか、仰々しい言葉が並んでる。


「今この瞬間も、細胞分裂ついでにDNA配列コピーして間違えるし、息吸ってハイドロキシラジカルとかにさらされ、外歩いて太陽からの放射線含め諸々を浴びてるのに、何を今更」

「外で配ってる連中が言っても説得力ないよなー。今日天気良かったし」

「そうそう、太陽からの放射線がそれこそ燦々と」

「sunだけに」

ありきたりな駄洒落にブーイングが沸き起こる


「RNAからDNAへの逆転写酵素なんて、RNAウイルスしか持ってないだろ」

「いるんじゃね。ビラ配れるくらい進化したんだよ。凄いじゃん」

「ウイルスは厳密には生物じゃねぇよ」


「逆転写酵素をもつ新人類は、実は我々人類に混じってくらしている!」

「ゲノムがRNAで構成されている人類がいる! 」

「とんでも科学雑誌の見出しかよ」

「君たちが知らない世界の真実がここに! 」

「怪しい宗教のマネしてんじゃねぇよ」


 チャイムが鳴った。授業が始まる。


「君たち、まさかとはおもうが、これが可能だとは思ってないだろうな」

教卓の上のチラシをみた生物の教師が顔を歪めた。

「思ってませんよ」


「DNA挿入だけでも大変なんだぞ。んー、今日の授業、その話するか? 遺伝子導入する治療法ってのがあってな。ADA欠損症の患者さんで実際に治療されたんだ」


教師の言葉に教室がどよめいた。


「せっかくだから、その話するか」

湧き上がった拍手を、教師は舞台俳優のように身振り手振りだけで沈めた。


「あれだ、今日はちゃんと俺は授業したってことにしといてくれ」

「はい」



「そもそものADA欠損症ってのはな」

若者たちの前に、知識への扉が開かれた。


補足)ADA欠損症:アデノシンデアミナーゼ欠損症

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