第39話刘備西陵に赴き軍を慰問す!

「曹子孝が西陵で大敗したと?これ、どうして可能なことか!?」


「曹仁は曹賊の腹心大将であり、かつて曹賊と共に中原を戦い、河北を征し、袁術を破り、陶謙を攻め、呂布を捕らえ、劉備を敗り、官渡の戦いで袁本初を大敗させた。そんな天下の名将が、小さな西陵で敗れるなんてありえるのか!?」


「三万の大軍だぞ!それは曹賊が江陵に駐屯させた三万の大軍だ。西陵には数千の兵しかいないのに、その賊将がたとえ呂布のような勇猛さを持っていても、万人敵の如く戦えるというのか?」


東呉の大殿内、江東の文武官たちが集まり、騒ぎ立てていた。


曹仁の三万大軍が西陵で大敗し、潰走した!

江東の庙堂全体が瞬時に揺れ動き、江東の文武群臣は耳を疑った。


それは曹賊と共に東征西討し、中原や河北の諸侯を敗り、数々の戦功を立てた天下の名将、曹仁曹子孝ではないか!

あの八十万の曹軍を焼き払った名高い江東の大都督、周公瑾ですら手を焼いた「天人将軍」が、こんなに容易く西陵で倒れるなんてありえるのか?

その無名の賊将の手で?


「江東の西陵にいる探子から、既に三度の消息が伝えられてきました……」老将程普の低い声が響き、瞬時に大殿の騒音が静まった。


「消息は確かです。曹仁の三万大軍が確かに西陵城下で大敗しました。」


「それだけでなく、曹仁自身もその賊将に陣前で生け捕りにされたのです!」


程普の声には複雑な感情が込められていた……


三万の精鋭軍が数千の弱兵に対して、どう見ても必敗の状況だったが、このかつての神亭嶺の故人が戦局を逆転し、数千の兵で三万の軍を大敗させた。


しかも陣前で名高い曹仁を生け捕りにするとは、なんと壮大なことか!

あの時の神亭嶺での敗北は本当に無念ではなかったのだ。


大殿は再び静寂に包まれた。


老将程普の証言により、皆が黙り込んだ。つまり西陵での出来事は全て真実であり、曹仁の三万大軍が西陵城下で本当に壊滅し、曹仁自身も逃げられなかったのだ。


その西陵の賊将は勇猛だけでなく、軍陣に精通し、兵を指揮することにも長けているのか?彼は一体何者なのか?!

彼は一体何者なのか?!

主位の大案の後ろで、孫権は呆然とし、この問題について考えていた。


「主公!」


その時、殿外からの声が孫権の思考を中断させた。


一人の官吏が急ぎ殿に入ってきた。「主公に報告します。陸遜より西陵からの書簡が主公の元に届いております。」


陸伯言の書簡?

孫権は驚いた。「持ってきなさい。」


すぐに侍者がその官吏から錦嚢を受け取り、孫権の前に差し出した。


孫権はその中から一片の絹帛を取り出し、読み始めた。


しばらくして、孫権はその絹帛を下ろした。「書簡には、西陵が江東と再び取引をしたいと記されている。」


「彼らは西陵の戦いで捕虜となった五千の曹軍と、我が江東の五千の山越を交換したいとのことだ。諸公、どう思うか?」


「主公!絶対にいけません!」江東長史の張昭が震えながら立ち上がった。「我が江東は人口が不足しているため、先代の公伯符将軍の時から、山越の丁口を江東の民戸に充実させる策が定められていました。」


「江東の丁口を充実させるために、我々江東の世族の子弟は皆、命を捧げて山越と戦い、毎年得られる山越の丁口は数万に過ぎません。」


「以前、西陵は五千の山越を代価に甘興霸を赦免すると言いましたが、五千の山越を渡したにもかかわらず、甘将軍は江東に戻ってきませんでした。今また西陵が五千の山越を求めるとは?」


張昭は憤慨して続けた。「我々が山越を取るのは江東の根本を固めるためです!西陵が江東を使うのは曹操に対抗するための消耗としてです!」


「どうして江東の根本を犠牲にして、西陵の肉盾になれるのですか!?」


張昭は慷慨激昂し、怒りが胸に溢れていた。


主座にいる孫権は冷静に見守っていた。山越を取ることで江東を充実させる策は確かに兄の定めたものであり、毎回山越を攻める際には、これらの江東の世族の子弟が前線で戦っていたのは事実だった。


しかし、これらの江東の世族が取った山越の十成のうち、江東官家に渡すのは三成のみであり、残りの七成は私的に吞み込んでいた。


江東の山越は世族が七成を持ち、江東に三成を渡すことで、自分が江東の侯として彼らに感謝しなければならないのか?

今、大量の山越を西陵に交換することで、西陵が五千の曹軍捕虜を交換してくれても、これらの捕虜には江東の世族が手を出す理由がない。このことが江東の世族の利益を侵害しているのは明白であった。


張昭が江東世家のリーダーとして、当然反対する理由もわかる。


「しかし、子布先生の言葉は大いに間違っています!」魯粛は躊躇なく張昭を反駁し、立ち上がって孫権に向かって礼をした。「主公、私は江東は交換すべきだと考えます!」


「山越は性格が暴烈で、非常に管理が難しい。しかし曹軍捕虜はそうではなく、中原の民であり、農業や戦術にも通じ、利用価値が大いにあります。」


「この取引は我々にとって有利であり、害はありません。どうして交換できないのですか?」


「魯子敬は目先のことしか見えていない!」呉侯の左司馬であり、江東の顧氏家主の顧雍は顔を曇らせた。「西陵の賊将は曹仁の三万兵馬を破り、さらには曹仁を生け捕りにした。」


「曹子孝は曹丞相の従弟であり、曹丞相の心腹愛将でもある。西陵の賊将はこれほどの大罪を犯し、曹丞相が彼を許すだろうか?」


「もし我々江東が再び山越と曹軍捕虜を交換すれば、必ず曹丞相の怒りを招くことになる。」


「魯子敬!本当に曹丞相が二度目の南征を引き起こしても良いというのか?」


顧雍は痛切に孫権に向かって礼をした。「主公、我々江東が再び赤壁の戦いに勝利できると誰が保証できるのか?江東の三世の基業を軽視してはならないのです!」


魯粛が反駁しようとしたが、一人がゆっくりと立ち上がった。「我々江東が曹賊を敵に回したのは今日に始まったことではない。」


皆が注目すると、話しているのは諸葛孔明の兄、諸葛瑾であった。その声は穏やかだった。「赤壁の大江で、我々江東は曹賊の八十万の大軍を焼き払い、曹賊を敵に回すことを恐れなかった。」


「江陵城外で、大都督周瑜が曹仁と猛戦を繰り広げた時も、曹賊を恐れなかった。」


「今、我々江東は山越と西陵の捕虜を交換するだけで、どうして曹賊を恐れることがあるのか?」


「西陵との取引は我々江東に利益をもたらし、曹操に損害を与えるものであり、諸君、どうしてこれを喜ばない理由があるでしょうか?」


ただ劉武と五千の山越を交換するために、江東の大庙堂は今や二つの派閥に分かれてしまった。


主座にいる孫権は全てを見届けていた。


一瞬、目の前の光景が赤壁の前の江東庙堂の戦降争いに戻ったかのようであった。


自分が江東の主として、どちらが江東の主の利益に適っているかを知らないはずがないだろうか?


「古語に云う:唇亡びれば歯寒し。」孫権の目は冷たく光った。「子敬……」


魯粛:「臣、ここにおります!」


孫権の声は低く響いた。「私は以前に言ったように、江東と西陵の事は全てあなたに任せる!」


「あなたに再び五千の山越を送り、西陵で曹軍捕虜と交換させる。」


「西陵の賊将が曹操を恐れないのに、私が堂々とした呉侯でありながら、一賊将よりも胆力がないわけがないだろうか?!」


……


呉侯府での一連の争論の末、孫権は最終的に決断を下した。


文武群臣は次々と退場し、諸葛瑾は同僚たちと別れ、車に乗って帰宅した。


諸葛宅邸の書斎で、諸葛瑾は手を背にして歩きながら、先ほどの呉侯府大殿での一幕一幕を思い返していた。


江東の文武は、西陵との山越の交換を巡って論争を起こし、これはまさに江東の世家と呉侯の一派との再度の衝突である!


まるで昔の赤壁の戦いの前に、降伏派と主戦派が対立した時のように。


赤壁の大火とともにこの二派の争いは煙と消えたと思っていたが、まさか今日また復活するとは!

そしてこの争いを引き起こしたのが、あの西陵の賊将だとは。


これを考えると、諸葛瑾でさえ面識のない劉武に大いに驚かざるを得なかった。


まず郡主を奪い、陸遜を掠め、甘寧を押さえた!

その後、呉侯と交渉し、大量の山越を手に入れさせた。


そして今度はわずか数千の兵力で、曹仁の三万大軍を大敗させ、さらには曹仁を捕えた!

これほどの男が、山越の交換を口実に江東の世家と呉侯を再び争わせるとは。


この男の来歴は不明だが、彼の行動を見れば、その度胸と機知は並外れている。

しかも、すべてのことを成し遂げているのだ。


この西陵の賊将が勇猛な将だと言われているが、それだけではなく、その人は実に知恵と才能に満ちており、真にこの世の英傑である!

諸葛瑾は突然立ち上がり、白い絹布を掴んで手紙を書き始めた。


弟の諸葛亮に手紙を書こうとしていたのだ!


この数年、兄弟二人は荊襄と江東に分かれていたが、書簡で天下の英雄を評し合っていた。


今、諸葛瑾は新たな英傑を見つけたので、自然と弟に知らせたくなったのだ。


「孔明、吾弟如晤……」


ただし、手を挙げて一行を書いたところで、諸葛瑾は突然筆を止めた。


この西陵の賊将の事は江東の機密に関わることであり、もし弟に漏らしたら、主君への裏切りとなるのではないか?

諸葛瑾は長く考え、最終的に絹布を取り上げ、火にかけて焼き尽くした。


彼は低くため息をついた。「それぞれの主君のために仕えるだけ……」


……


江陵、郡守府の大堂。


「絶対にありえん!あの曹仁だぞ。俺の老張はこの曹賊の弟を軽んじているが、この男は確かに腕が立つ。」張飛の荒々しい声が大堂に響いた。


「しかも、彼の手には三万の兵馬がいる!小さな西陵を攻めるのはたやすいことだ。」


かつて劉備が徐州を二度奪おうとした時、張飛は曹仁に大きな損害を受けた。それが今でも鮮明に覚えており、突然小さな西陵が曹仁を破ったと聞いて、張飛はどうしても信じられなかった。


「三弟の言う通りだ。江東が西陵城を得たのは最近のことで、駐屯している兵力は多くないはずだ。いかなる場合でも曹仁の三万の大軍を防げるわけがない。」関羽もまた、張飛の意見に同意した。


「ましてや曹仁が戦場で捕まったなど、たとえ呂奉先が生き返ったとしても、関某は三万の大軍の中で主将を捕らえることなど信じられん!」


関羽と張飛の疑念に対して、趙雲は苦笑した。「この情報は確かに信じがたいが、私が直接探ってきたもので、偽りではないと思う。」


張飛がさらに何か言おうとしたが、劉備が直接遮った。「子龍は誠実な君子だ。私は子龍の言葉を信じる。」


「主公が江陵を占領してからすでに一日一夜が過ぎたが、依然として曹仁が兵を率いて戻ってくる様子はない。」諸葛亮が羽扇を軽く揺らしながら言った。「おそらく、西陵の軍が三万の曹軍を大敗させ、西陵の主将が曹仁を捕らえたのは、決して誤報ではないのかもしれません。」


孔明の承認を得て、劉備は西陵の主将にますます興味を持った。


彼は立ち上がり、自問自答した。「江陵の三万の大軍を大敗させ、曹仁を捕らえた、江東にいつこのような猛将が出たのか?」


「この人物がいなければ、我々はいつ江陵を得られるのかわからなかった……備はこの人物に会いたくてたまらない!」


このような猛将は、かつての温侯呂布をも上回る。


今の自分の軍には、関張、趙雲、黄忠しかいないが、この人物を加えることができれば……


劉備は突然唇が乾いてきた。彼は突然立ち上がり、「子龍、豚や羊の美酒を用意し、私と共に川を渡れ!」


豚や羊の美酒?


川を渡る?


関羽、張飛、趙雲と諸葛亮は、劉備を茫然と見つめた。


劉備は自信満々に言った。「我々は江東の盟友であり、今や江東が西陵で曹軍を大敗させ、曹仁を捕らえたのだから、三軍を慰労しないわけにはいかないではないか?」


……


大江の上、数十隻の犒軍の酒肉を満載した船が船団を組んで、西陵の方向へ流れていった。


今回の犒軍の酒肉には、劉備は多くの銀銭を費やした。


しかし、西陵の守将に会うためには、それも価値がある!


劉玄徳は天下に賢徳と仁義の名が広まり、大漢の十三州にその名が知られ、江東でも慕名する者が少なくない。


この西陵の守将も、彼の劉玄徳の名を旧聞しているはずで、恐らく雷のように知っているに違いない!


劉玄徳は一種の自信を持っていた。彼がその西陵の守将に会えば、必ずやその人物が自分に一見惚れ込み、相見えて惜しい気持ちになるだろうと!

江陵と西陵は離れていないので、今後も頻繁に往来できる。


もしかしたら、自分のもとにもう一つの助力が加わるかもしれない……それは孔明が彼に尽くすように、関羽と張飛が彼に忠誠を誓うように。しかし、最も成果を上げたのは趙子龍だ。


趙子龍は劉備が公孫瓒から借り受けたもので、この西陵の守将についても、同じ手法を使うことができるのではないか!

劉備は剣を持った趙子龍を見て、安心の息を吐いた。彼は赤壁の戦い前のことを思い出した……


当時、孔明は江東で、孫劉同盟を破曹の事で取りまとめており、数日間音信不通だった。自分は孔明の安否を心配し、また破曹の進捗を知ることができず、焦りを感じていた。


焦った末に、雲長を護衛にして、今回と同じように酒肉を持って川を渡って軍を慰労しに行ったところ、周公瑾は宴の席で自分を害そうとしたが、雲長の保護のおかげで無事に荊州に戻った。


今回はす


でに情報を集めており、周公瑾は建業にいて、西陵を守るのは周公瑾ではない。


さらに趙雲の保護もあるので、全く心配はない!

今回もし西陵の守将と良好な関係を築けたなら……


曹操には五子良将がいるが、自分もその西陵の守将を得られれば、雲長、翼徳、子龍、漢升とともに「五虎上将」を設けることができる。


必ずや曹阿瞞の五子良将を凌駕することができる!

劉備はますます興奮し、声を張り上げて命じた。「子龍、船を速くせよ!」


「賢才大将を訪ねるのに遅れてはならぬ!」

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