第17話 とんでも発言。

 締め切り前日の昼休み、空き教室で栄子たちは写真を机に広げていた。


「これなんか可愛くていいにゃ」

「子供っぽすぎるでござる。吾輩はこっちの……」


 栄子本人よりも熱が入っているニャアちゃんとコンが、それぞれ気に入った写真を手に持ちあーだこーだ争っている。


 当事者である栄子がどちらかを選べばそれで終わるのだが、栄子も栄子で両方とも魅力があるため決めかねていた。


 おろおろする栄子の隣で、やおいは静かに腕を組んでじっと広げられた写真を眺めている。

 昼休みの残り時間があと十五分というとき、唐突にやおいが。


「撮り直そう」


 と、とんでも発言をした。

 栄子、ニャアちゃん、コンが時が止まったかのように静止する。

 静寂が空き教室に満ちたが、数秒後いちはやく再生したコンが。


「締め切りは明日でござるぞ?!」


 と仰天した声を出す。


「そうにゃ。郵送じゃ間に合わないから直接芸能事務所に持ち込まなきゃならにゃい。そのくらい切羽詰まった状況にゃ。なのに撮り直すにゃんて!」


 さきほどまで対立していた二人のツッコミに、やおいは。


「どれがいいか迷うってことは、抜きんでた魅力がこの写真にはないってこと。そんな中途半端な写真で選考を通過できるほど甘くないはずだよ」


 やおいの台詞に、ニャアちゃんとコンがぐっと息を呑み込む。


「でも……」

「にゃあ……」


 コンもニャアちゃんも眉尻を下げて困惑している。

 やおいが。


「栄子ちゃんはどう? 当事者は栄子ちゃんだからね。このままこの中から選ぶ? それとも撮り直す?」


 栄子はやおいに問われたことで「自分で自分のことを決める機会が少なかった」ことに気づいた。


 いつも母の望むまま習い事をこなし、なにもかも「こうしなさい」と指示されて動いていた。


 ゆえに「自分自身で決断する」ことになれていない。


「わたくし……は……」


 混乱しながら机の上の写真たちを眺める。

 コンの腕がいいのだろう。

 どれも素敵に映っている。だが……。


「撮り直したいですわ」


 栄子のその台詞にやおいは満面の笑みを、ニャアちゃんとコンは驚愕を浮かべた。


「は? 正気でござるか栄子氏!」

「そうにゃ! 間に合わなかったらどうするにゃ!」


 栄子は目をつむり、深呼吸を繰り返してから反対意見の二人に向き直った。


「この写真はすべて素敵ですわ。でも、やおいさんのおっしゃる通り、どんぐりの背比べで突出したものがない。どうせなら、他の応募者の方が撮れない……わたくしだけの写真で勝負したいのです」


 栄子は背筋を伸ばし、意志が伝わるようまっすぐにニャアちゃんとコンの目を見た。


 ニャアちゃんは人差し指でトントンと机をたたきながら天を仰ぎ、コンは特徴的なシュッとした輪郭のあごをつまんで考え込む。


 その間数十秒。

 ニャアちゃんとコンは同時に栄子にまなざしを送り。


「本人が決めたことにゃからにゃあ」


 仕方ないとニャアちゃんは肩をすくめ、コンは。


「乗り掛かった舟。とことん付き合いますぞ」


 唇の片端をニィとつりあげサムズアップする。

 栄子は胸がいっぱいになった。


「ありがとうございますわ」


 やおい、ニャアちゃん、コン、各々への感謝を込めて微笑む栄子だった。

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