第18話 第一関門。

 撮り直したバストアップと全身の二種類の写真。

 コンが「どうせこだわるのならば」とスマホから一眼レフに変えたので、被写体である栄子の魅力の他に「独特の雰囲気」プラスされた。


 写真を添付した書類は、やおいとニャアちゃん、コンの三人で直接事務所に持っていかれた。


 栄子は当事者なのに習い事の予定があるので丸投げである。さすがに罪悪感が合って後日菓子折りを渡した。


 しかし、当初は「これだ!」と即決した写真だったが、本当に審査員の心をつかめるかと時が経つにつれ栄子の胸に不安がよぎるようになった。


 そんな栄子をコンは「これで選考を通らなかったら嘘でござる」と自信満々に励ます。


 やおいとニャアちゃんも落選する心配はしていないようで、栄子もだんだんと「そうですわね」とこわばりを解かしていった。


 やがて季節は移ろい、梅雨に入ったころ。

 自宅に封筒が届いた。


 だが、それは母の手の中にあった。

 リビングで、テーブルを間に対面して座る。


「どういうこと? 封筒に印字されている名前、芸能事務所のものよね」


 母のきつい視線に、ごくりとつばを飲み込む。緊張に震えながらも、ちゃんと自分の意志を表明しようとまっすぐに母の目を見た。


「わたくし、アイドルになりたいのです」

「なんですって?」


 母のまなじりが吊り上がる。


「栄子、アイドルなんていうのは水商売なのよ。他人にこびを売るためなら何でもしなきゃいけない、そういう世界なの。あなたは上流階級の旦那様と結婚して社交面で旦那様を支える立派な妻となるのが務めなのよ」


 何でもしなきゃいけない?

 今までだって母に自慢の娘であれと強要され何でもやってきた。


(こびを売る相手が上流階級かそうじゃないかだけじゃないかしら。違うのって)


 あまり違わないのなら、やりたいことをしたい。


「結婚はわたくしの目指す将来ではないのです」


「なにをばかなことを。女は結婚して子供を産んで旦那様と子供をサポートしなくてはいけないの」


 母の描く将来は墓場のようだ。


「お母様、わたくし、ピアノも社交ダンスもそのほかの習い事も、嫌いではなかったけれど好きでもなかったのです。でも、アイドルになるときに役立つ技能かもしれないと思うと、不思議と好きになれそうな気がするんです」


「好きとか嫌いとかの感情が何の役に立つっていうの」


 イライラした様子でそう反論してきた母に、栄子はため息を吐きたくなる。

 役に立たないかもしれないが、「好き」という感情は心を豊かにしてくれる。

 幸せにしてくれる。


「これは捨てておきますからね」


 そう立ち上がった母に、栄子は縋りついた。


「嫌です。お母様、わたくしは自分の幸せを諦めたくはありません。わたくしはアイドルになりたいのです、どうしても」


 母は無言で封筒の封を切った。

 中身を確認する。


 栄子も後ろからのぞき込んだ。

 書類選考通過と書かれていた。


「オーディションの書類だったのね。ふぅん、四次選考のあと最終面接……。わかりました。トップ通過したらアイドルになってもいいわよ。トップ通過以外は認めませんからね」


 栄子は光が見えた気がして胸からこみあげるものがあった。


「はい!」


 改めて書類を渡されて確認すると、二次審査は一芸披露で日程は一週間後とのことだった。


 栄子は協力してくれているやおいたち三人に感謝を抱きながら、輝かしい未来を想像して胸を膨らませるのだった。

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