第16話 写真撮影。

 翌日、昼休みにコンに書類選考に必要な写真を撮ってもらうこととなった。

 本当なら専門の写真家に頼みたいところだが、締め切りが三日後なのだ。


 昼休みをつぶしてできる限り多くの写真を撮り、次の日にその中からベストショットを選び出し、締め切り当日に直接事務所に持ち込みとなる。


 投函したのでは消印が次の日になってしまうから間に合わないのだ。

 データで送信するのが主流なのだろうが、栄子はスマホは持っているがパソコンは持っていない。


 応募要項でスマホのメールアドレスは不可とされていて、そこだけ妙に遅れている。


「写真は可愛い系と綺麗系どっちで攻める?」


 空き教室に集まり、まずやおいが口火を切った。


「うちは可愛い系がいいと思うにゃ」


 ニャアちゃんは、現在「売れている」女性アイドルグループは「親近感」が持てる「可愛い系」が多い。


 そのため近寄りがたい「綺麗系」は求められていないだろうという考えだった。

 だがコンは違う意見のようで。


「栄子氏の魅力は努力家なところと知性にあふれているところですぞ。知的美人系として押し出すべきでござる」


 意見が対立したニャアちゃんとコンは、お互いを睨み「コンはわかってないにゃ。流行りを押さえにゃいで選考が通るわけないにゃ」や「ニャア氏こそ愚かな発言をしておりますぞ。わざわざオーディションを開催するのは、流行りを超越した新しい才能を求めているからこそでござるよ」と喧々囂々の言い争いになる。


 栄子は当事者でありながら口をはさむすきが見つけられず、おろおろするばかりだ。


 数分後、しびれを切らしたやおいがパンパンと手を鳴らした。

 ニャアちゃんとコンがぴたりと口を閉ざす。


「可愛い系と綺麗系、両方の写真をまず撮ってみて、その中から明日ベストショットを選べばいいんじゃない? 時間ないんだから、無駄な議論はなしでいこう」


 やおいの言葉に、ニャアちゃんもコンも納得する。

 栄子もそっと安堵した。

 そうして撮影がはじまったのだが。


「本当に制服姿の写真で良いのかしら? 地味ではなくて?」


 胸にヘッセの詩集を抱きながら椅子に座っている栄子がコンに問う。


「地味でも『制服』という時点で若さがアピールされますからな。若さは強力な武器ですぞ」


 やおいとニャアちゃんもレフ版代わりの鏡を掲げながらうんうんと頷いている。

 知的さを前面に出した撮影が終わると、今度は可愛い系だ。


 ニャアちゃんがどこからか白くてふわふわした兎のぬいぐるみを出し、栄子に抱きしめさせる。


「心底ぬいぐるみを愛しているかのように頬ずりしてほしいにゃ」


 ニャアちゃんの指定通りに微笑みながらぬいぐるみに頬を寄せる。

 やおいが「可愛い!」と声を上げた。


 栄子はさまざまなポーズをとり、やや疲れてきた。

 コンも被写体の元気がなくなってきたことに気づき、昼休み終了十分前に「今日はここまでござる」とスマホをおろした。


 やおいとニャアちゃんに「おつかれさま」と労われ、みんなでコンの撮った画像を確認する。


「うん、きれいに映ってる」


 やおいが満足そうに頷き、ニャアちゃんも「まあまあかにゃ」と認め、栄子も「これがわたくしだなんて、コンさんは腕が良いのね」と感嘆した。


 だがコンは。


「このくらい序の口でござる。ここからさらに加工して芸能事務所の人間たちが度肝を抜くくらいの写真にしてみせるでござる」


 いつも開いているのだか閉じているのだかわからない細目のコンが、闘志を燃やしてカッと見開かれた。


 栄子は『ちょっと怖い』と内心でつぶやき心臓をバクバクさせる。


「そろそろ教室に戻らなきゃ。じゃあね、コン」

「コン、またにゃ」


 やおいとニャアちゃんに手を振られ、コンは「うぅうう、なんで違うクラスなんでござるか。ぼっちつらいでござる」と半泣きになりながら退室した。


 栄子たちも忘れ物がないか確認してから空き教室を出た。

 コンが加工した写真はいったいどんな写りになっているだろうか。


 不安と期待が交互に去来し、栄子は「放課後の社交ダンスに身が入らないかもしれないですわね」と苦笑するのだった。

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