第11話 胃が痛い。
「ライブには行けない?」
CDを返しつつ謝罪した栄子に、やおいは目をまるくする。
栄子は心底申し訳なくて頭を下げた。
「チケット代は返さなくてけっこうです。わたくしの都合でキャンセルしてしまうので、そのお詫びの料金としてお納めください」
瞬間、いきなり冬に様変わりしたかのような冷気がやおいから漂ってきた。
「チケット代の心配をしているわけじゃないの。アタシはね、あなたに『ロイヤルパーティー』を好きになってもらいたくて予習をしてもらった。アタシの持つ限りある時間を、たとえわずかでも消費させておいて、まさか行けなくなった理由を話さなくて済むと?」
やおいが静かに、だが確実に怒っているのがわかる。
栄子はその迫力に身体が凍り付き床に視線をとどめたまま動けない。
「ニャア、コンも呼んできて」
「でもにゃあ、昼休みはあと十分で終了にゃ。コンがマシンガントークはじめたらどうするにゃ」
コンは話すときと話さないときの差が激しい。
マシンガントークが開始したら誰にも、それこそ先生にも止められない。
それでもやおいは「いいから」とニャアちゃんを使いに出した。
三分後、ニャアちゃんがコンを連れて戻ってくると、やおいは栄子に事情を話すよう要求した。
頭を上げた栄子は若干のためらいを覚えながら、母の「アイドルの歌舞音曲はスナック菓子で質が悪いから、あなたのレベルを下げる」という主張を伝えた。
結果、やおいはブリザードを放ち、ニャアちゃんは産毛を逆立て目を吊り上げ、コンは半眼で無表情になった。
「栄子氏の母上は『ロイヤルパーティー』のライブに来たことがあるのですかな? ああ、答えは必要ないですぞ。ライブを体験していたらそんな発言はできないはずですからな。知らないものを『アイドル』というラベルだけで判断して見下すなど笑止千万。母上こそご自分のレベルを客観視できていなようでござる」
コンはそう述べてハッと鼻で笑う。
「先入観でスナック菓子扱いして欲しくないにゃ」
ニャアちゃんもコンと同意見だと腕を組んでツンと顎をそらす。
二人に続いてやおいも口を開く。
「母親の言いなりで自分のしたいことをできなくなって、それでいいの? 母親なんていつかはアタシらを置いて逝っちゃうんだよ? ちゃんと自分の意志で、自分の行動に責任を持てるようにならないと、身体だけ大人になって中身が子供ってことになっちゃうよ?」
やおいの真摯なまなざしを受け、栄子は居心地が悪くなる。
「こうなったら是が非でも栄子氏に『ロイヤルパーティー』のライブを体感していただきたいものですな」
「そうだにゃ。スナック菓子なんかじゃないことを証明するにゃ」
盛り上がるニャアちゃんとコンに、栄子は。
「でも、お母様の許可が下りないと……。例えわたくしが自分の意志でライブに参加しても、お母様が警察に届けたら『未成年者誘拐の疑い』で同行していたやおいさんのお母様が逮捕されてしまいますわ」
と冷静に返す。
これにはニャアちゃんとコンも腕を組み、天を仰いで「う~ん」と唸った。
するとやおいが。
「ママに栄子ちゃんのお母さんを説得してもらおう」
と提案した。栄子はあわてて。
「そんなご迷惑をかけるわけにはいきませんわ」
と断ったが、やおいは「迷惑だなんてとんでもない。ママも『ロイヤルパーティー』好きだから、信者を増やすためならなんでもするよ。おかたい頭のおばさん一人説得するくらいなんでもないさ」と太鼓判を押す。
さっそくやおいが自分の母親にメッセージを送るのを、栄子はハラハラしながら見守った。
「オッケーだって。絶対、栄子ちゃんをライブに連れて行くからね!」
ありがたい。
ありがたいのだが、栄子はマングースとハブの殺し合いを想像してしまって胃がキリキリするのだった。
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