第9話 推しはそれぞれ違うらしい。
やってきた土曜。
前回のようにやおいの家に集合したのだが、ご両親はともに仕事らしく、ちょうどいいとリビングで『ロイヤルパーティー』のDVDを流しながらウチワを作ることとなった。
「わたくし、ウチワやペンラというものがなんなのかよくわかっていないのですけれど」
栄子が今更な質問をする。
するとコンが。
「ウチワは推しへのメッセージを愛情たっぷりに綴るアイテムでござる。ペンラはペンライトの略ですな。要するに光る棒。ペンラの色は推しのイメージカラーのものを応援で振るのでござる」
栄子は「そうだったんですのね。説明感謝いたしますわ」と返し、さっそくウチワの製作に取り掛かる。
ウチワの材料はコンが用意してきたが、おごりではなくきちんと材料費を請求された。
普通の人はケチと感じるかもしれないが、金銭的にルーズな人間とはお付き合いしたくない栄子はかえって安心した。
材料をテーブルの上に広げ、コンからレクチャーを受けて作業にいそしむ。
その間にもテレビにはライブの映像が流れているわけで、やおいとニャアちゃんはウチワ作りよりもそっちに夢中になっていた。
「何度見てもこの間奏のダンスかっこいいわ~。てゆか息ぴったりだね。仲良し最高!」
「にゃ~! 王子様系の顔でいたずらっ子な表情しないでほしいにゃ~! 白霞くんのバカ! 嘘! 好き! ここに墓を建てよう!」
やおいの叫びは栄子にも意味がわかったが、ニャアちゃんについては栄子は「墓?」と首を傾げていた。
「コン、もうすぐ黒守くんのソロパートくるよ!」
「なんですと?! 栄子氏、あとは一人で大丈夫でござるな?」
返事を待たずにテレビ前のベストポジションに座ったコンに「ええ」と返し、栄子は黙々と手を動かす。
三人の反応から、栄子は「やおいさんは二人が仲良くしているのを眺めるのが好き、ニャアちゃんさんは白霞さんが好き、コンさんは黒守さんが好きなのですわね」と把握した。
三人とも熱狂的なファンであることは理解したが……正直栄子はそんなに惹かれない。
たしかに顔もスタイルも抜きんでているが、歌は上手くもなく下手でもないし、ダンスもオーバーアクションなだけで技術的に優れているわけではない。
正直、なじみのあるオペラやミュージカルの方が見ごたえがある。
溜息を吐きそうになるのを無理やり堪え、ウチワに縁取りをして完成させる。
「できましたわよ」
聞こえているかはわからないが、一応報告する。
「お、上手にできましたな。さすがですぞ」
ちなみにウチワに書いたメッセージは「お手振りして」だ。
「教え方が良かったのですわ」
栄子がそう伝えるとコンは、照れた様子で少し俯き、人差し指で頬を掻いた。そしておずおずと口を開く。
「栄子氏は、CDプレーヤーは持っているでござるか?」
栄子の家には音楽室があるが、めったに利用しない。だが、なにが置かれているかくらいは把握している。
「蓄音機はありますけれど、CDプレーヤーはなかったと思いますわ」
「そうでござるか。残念ですな。あればCDをお貸ししたのに」
コンは心底がっかりしたのか肩を落とす。
「ならCDプレーヤーごと貸せばいいにゃ」
ニャアちゃんの提案に「その手があったでござるか! 吾輩、今からプレーヤーとCDを家から持ってくるでござる!」とコンが立ち上がったが。
「アタシが貸すから、わざわざコンが家に戻る必要はないよ」
やおいの言葉にコンはしぶしぶ「効率を考えたらその方がいいでござるな。うぅ、吾輩が貸したかった」と座り直した。
「みなさんCDを購入しているんですの? 音楽アプリの方が手軽でしょうに」
栄子のこの言葉に、三人はそろって「ないとは信じてるけど、万が一スキャンダルを起こしたら配信停止になって聴けなくなるから」と答えた。
これには栄子も「なるほど」と納得した。
「じゃ、今度はこっちのDVDを観るよ! ライブに参加してるつもりでペンラとウチワも持って。さあ、ライブの予習はまだまだ続くよ!」
やおいが新たにDVDをデッキに入れ、リモコンの再生ボタンを押す。
イントロですでにキャー! と歓声を上げる三人に、栄子は眉をハの字にして困惑しながら、ペンラやウチワを振るタイミングなどを習得していくのだった。
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