第7話 世間は広いようで狭い。
アイドルのライブに行くための予習は土日に変更してもらう予定だったが、母から「本日のピアノはお休み」とメッセージが来た。
どうやら先生のお子さんが発熱して病院に連れて行っているらしい。
心配ではあるが、栄子にとっては都合のいい臨時休みである。
さっそく母に「友人の家に遊びに行ってもいいか」を尋ねると「好きにしなさい。ただし事前にお土産を用意するのを忘れないこと」と返信が来た。
放課後、やおいに「予定に空きが出た」と告げると、飛び上がらんばかりに喜ばれた。
ニャアちゃんも「信者を爆誕させてやるにゃー!」とこぶしを突き上げる。
栄子が。
「まっすぐやおいさんの家に向かうのではなく、途中寄り道していいかしら。お宅にお邪魔するのだからお土産が必要でしょう? だから買いに行きたいの」
とお伺いを立てると、やおいは。
「お土産なんていらないよ。かえってかたっ苦しくなっちゃう。ってことで、レッツゴー!」
左手をやおいに、右手をニャアちゃんに握られた。
と思ったら二人は駆け出し、栄子は引っ張られるままに足を動かす。
栄子は二人の浮かれっぷりに最初はついて行けなかったが、息が上がって立ち止まった瞬間にうふふっと笑ってしまった。
なんだかすごく楽しかった。
*****
やおいの家に到着した。
途中でニャアちゃんが「コンにも連絡入れるにゃ」とメッセージしたが、予定があると断られた。
忙しいのは栄子ばかりではないらしい。
「ただいまー! 友達連れて来たよ」
「おかえりー!」
出迎えてくれたのは、金髪のベリーショートがおさるさんみたいな女性だった。
彼女は愛想よくにっこりと栄子たちを歓迎した。
「あなたは初めましてだね。あたしがやおいの母親。かたっ苦しいのは苦手でね。おもてなしも期待しないでくれると嬉しい。うちは放任主義だから、ライブのときは同行するけどそれ以外はノータッチ。オッケー?」
栄子は、ずいぶんとサバサバした人だなと内心で己の母との違いにおののきながら。
「オッケー……ですわ」
と戸惑い気味に答えた。
「立ち話もそれくらいで。アタシの部屋は二階の端。行っくよー!」
やおいに背中を押された栄子は、つんのめりそうになりながら慌てて靴を脱いで家にあがった。
やおいの部屋は八畳ほどの広さで、白い壁と木目の美しい調度品でまとめられている。
カーテンや棚の中を隠すようにかかっている布は桜色だ。
「椅子なんてないからベッドに並んで座ってね」
やおいの言葉より先に、ニャアちゃんは勝手知ったるとばかりに腰かけていた。
それに対して「図々しいぞ」とやおいがコツンと軽くニャアちゃんの頭に拳を当てる。
仲が良い友人同士のやり取りだ。
「ほら、なにボーっと突っ立ってるにゃ」
ニャアちゃんが自分の隣をぽんぽんと叩く。
ここに座れという意味だろうと栄子は大人しく従った。
やおいがクローゼットを開けて中のものを取り出そうとしている間、栄子は手持ち無沙汰で室内を見渡していたが、ふと棚の上の写真たてに目をとめた。
「やおいさんと……陽野里美?」
現在のやおいや里美よりやや幼い……おそらくは十歳くらいだろう頃の二人だった。
互いに、数年前に流行った特撮だとわかるイラストが描かれた本を胸の高さに掲げている。
「写真が気になるにゃ?」
隣にいるニャアちゃんの問いかけに頷く。
「陽野里美とやおいさんは知り合いだったのですわね」
「知り合いどころか大親友にゃ。その写真は初めてリアルで顔を合わせた時に撮った記念写真にゃ」
ニャアちゃん曰く、やおいと陽野里美は最初SNSで知り合ったらしい。
やおいはイラストを描くのが趣味で、『ロイヤルパーティー』の二人が特撮に出演した時にファンブックを作ろうと決意したらしい。
そしてSNSで「アタシのイラストを小説にしてくれる方を募集します」と発信し、それに応えたのが陽野里美だったというわけだ。
作品はデータで送受信し、お互いに納得できる状態になった時に印刷所に頼んで本にしてもらった。
そしてそれを売ったとのことだ。
「素人の本を買う方がいらっしゃるなんて、おどろきですわ。同人誌即売会ですか。不思議な催し物があるのですね」
未知の世界に対してただただ感心する栄子である。
そこに、手にCDやら薄い本やらを持ったやおいが戻ってくる。
栄子は気になったことを質問した。
「やおいさんも、陽野里美みたいにプロを目指しているんですの?」
やおいは苦笑して学習机の上に荷物を置くと。
「いんや。アタシはイラストに対して里美ほどの情熱はないから。本を作ったのは『ロイヤルパーティー』の出演記念に何かしたかっただけ。それに現実主義だから不安定な職には就きたくない。アタシがなりたいのは公務員だよ」
里美のような強い意志は感じられないが、きちんと自分の将来を見定めているという点は同じである。
自分自身のことなのに、将来の展望が全く描けていない栄子は悔しさに唇を噛んだ。
なんて己はうすっぺらいのだろう。
なんでも一番で、自分は誰より輝いているなんて……思い上がりだったのだ。
栄子は、やはり自分は外見だけ華やかで中身は空っぽの箱だと落ち込む。
「雑談はここまで。さっそくCDかけるよ。ちゃんと聴いてね」
やおいに歌詞カードを渡されて、栄子はまじまじと見つめる。歌詞の横に映っている二人がユニットを組んでいるくだんのアイドルだろう。
一人はボルゾイに似た貴族的な美貌、もう一方は小麦色の肌で全体的に鋭角的でがっしりした体格の青年だった。アイドルというより水泳選手と言われた方が納得できる肩幅だ。
「こっちが
やおいが名前を教えてくれる。
ボルゾイ似が白霞で、水泳選手並みの体格の青年が黒守だ。
中性的な美貌と男らしい風貌が並んだ写真に、どことなく耽美な香りを感じる栄子だ。
そうこうしているうちにセットしたCDが一曲目を流し始め、栄子は愛をうたうアイドルたちの声に聴き入るのだった。
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