第5話 いとこの涙。

 やがて時は過ぎ、冬休みに入った。

 母と共に暖房の効いたリムジンから降りると、とたんに冷たい空気にさらされる。


 だが陽光はあたたかい。

 雨にならなくてよかったと天を見上げていた栄子は。


「栄子ちゃん!」


 ハープの高音のような美しい声に呼ばれる。


「静香ちゃん」


 三つ下のいとこ、月夜野静香だった。

 艶やかな黒髪と眠たげな瞳がお雛様みたいな子だ。

 血がつながっているのに正反対な外見は不思議だった。


「着物、似合ってますわね。鶴の翼が優美ですわ」

「栄子ちゃんのドレスも素敵よ! まるで青薔薇みたい!」


 ここは祖父の屋敷の玄関口で、正月のあいさつをするべく親戚一同が集まっている。

 レトロなレンガ造りの建物で、部屋数が六十五とかなり大きい。


「みんな栄子ちゃんのことを待っていますわ。今年もいっぱい活躍したと噂で聞いているから、武勇伝を本人の口から教えて欲しいの」


 手を取られ、引っ張られるままにダンスもできるパーティ用の大広間に連れていかれる。


 中にいる数十人の親戚たちは、親世代と子供世代で自然にグループがわかれていた。


 栄子はあっという間に周囲を囲まれ、興味津々で期待もいっぱいの瞳にさらされる。


 拒否権などなく、習い事の発表会での出来事をつまびらかにされた。


「栄子ちゃん、ピアノでも社交ダンスでも他でも、全部すごい成績残しててすごいね! いつものことっていったらそうだけど、やっぱりすごい。栄子ちゃんみたいになりたいな!」


 静香は無邪気に「憧れ」と「尊敬」の入り混じった笑顔で栄子を見上げる。

 栄子は針で刺されるような痛みを胸に、静香の頭を髪型が崩れないよう注意しながら撫でた。


「わたくしみたいになってはいけないわ」


 ぽつりとこぼした言葉はかすれていて、とても小さかった。

 だが、静香の耳にはしっかりと届いてしまった。


 細い筆で描いたような眉をひそめて困惑顔をする三つ年下のいとこへ、栄子は苦しい思いを告げる。


「どれだけ一番になっても、それが未来の目標につながってなくては意味がないのですわ。わたくしは張りぼての人形。ちゃんと中身の伴った人間を目指したほうが良いですわ」


 静香は息を呑み、常に眠たげな瞳を限界まで見開いた。


「張りぼての人形……?」


 信じられないといった響きで栄子の言葉を繰り返した後、静香はぼろぼろと涙を流す。


「何でそんなこというんですか? 栄子ちゃんは私のアイドルなのに! アイドルっていうのは、一番輝いている人のことなんですよ」


 栄子はたまらない気分になって、ドレスが静香の涙で濡れるのもかまわず彼女をぎゅっと抱きしめた。


「ごめんなさい」


 何に対してあやまったのか、栄子自身も理解できない。ただただ、切なく哀しかった。

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