第3話 お嬢さまの日常。

 里美に会ってからずっと将来について悩んでいたせいで、栄子は塾のテストに集中できなかった。


 手ごたえがどうとか語れないくらい記憶にない。


 帰宅後リビングで宿題をしようと教科書とノートを広げていたものの、まったく手も頭も働いていなかったところに、


「栄子、明日のパーティには仕立てたてのレモンイエローのドレスで参加しなさい。鏡台の前に出しておくよう家政婦には伝えてあるから」


 母の声が。

 ハッとして見上げると、栄子が成長したらこうなるだろうと予想される姿があった。

 体の線に合った服が大人の女性としての魅力を最大限引き出している。


「プールの先生にはお休みするって伝えてある?」

「先週伝えましたわ」


 二年前に父が亡くなってからは、パーティに参加する際の同伴者は栄子と暗黙の了解がある。


「ならいいわ」


 栄子は塾のほかに、プール、ピアノ、絵画、社交ダンス、声楽、ピアノの教室に通っている。

 完全な休日は土日だけだ。


 栄子は自分の部屋に戻ると、さっそくクローゼットからドレスを取り出している家政婦に行き会った。


 ドレスはワンショルダーの、年齢からすれば少々背伸びした大人っぽいデザインだ。

 栄子は。


「柑橘系の香水を出してくださる?」


 と母親よりも年上の家政婦に指示を出す。

 家政婦はすぐにドレッサーの引き出しを開けた。

 そこには数種類の香水瓶が入っている。


「これと……これなんかどうでしょう」


 家政婦が候補として選び出した三つの香水瓶から迷いなく一つ選び取る栄子は、小学生にして外見を飾ることに慣れきっていた。


*****


 翌日の夕方。

 件のパーティ会場に来ていた。


 シャンデリアが輝く広間には、およそ五十名程度の男女がシャンパングラスを手に談笑していた。


 彼らの年齢は若くても高校生程度。

 栄子は一番年下だろう。


 場違いだが、主催者にあいさつしても笑顔を返される。

 わかっているのだ、みんな。

 栄子が母のアクセサリーの一つだと。


 栄子の父であり母の夫であった人も、血筋が良く年収が高いという『条件』で選ばれた。


 母本人が明言したわけではなく、ウワサ話としてささやかれているだけだが、真実としてみなは受け入れている。


「栄子さんはこの間のピアノのコンクールで優勝なさったのですってね。すごいわ」


 おっとりとどこぞの奥様に褒められるが、栄子は微笑むだけで返事をしない。


「たまたま運が良かったのですわ」


 答えるのは母の権利だ。


「たまたまで毎回優勝はありえませんわ。本当に、お母様に似て優秀な娘さんだこと」


 この言葉を母は至極気に入っている。

 この言葉を引き出すために娘に数々の習い事をさせ、また自分の都合でそれを休ませる。


 だが、栄子に不満はない。

 何故なら物心つく前からこれが普通だったから。


 栄子は自分の笑顔が仮面だと自覚していない。

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