第46話 生き別れの双子?
いつも一緒にいた叔母から離れて、瓦礫だらけのイリヤ城の中にいた。寝室も与えられて、メアリーも他の城の人たちも親切だ。それでも心細さは拭えない。
昨日、メアリーがドレスを用意すると言ってくれた。メトシェラが落ち込んで見えたのだろうか。
「メトシェラ、待たせたわね」
メアリーが寝室に入ってきて言った。
「いいえ、全然待ってないわ。そのドレス素敵。アレックス様からもらったの?」
メトシェラがきく。
黄色のサテン生地のドレスを着ていた。半袖で、葡萄の葉の模様がなかなかに素敵だ。袖からはメアリーのみずみずしく肉感的な腕がのぞいている。
帝都中のみんなが—ここでの友達が少ないメトシェラでさえもが—メアリーとアレックスがよりを戻したことを知っていた。反応は人それぞれだ。メトシェラなど二人がもうすぐ結婚すると思っている。相変わらず宮廷人はメアリーを冷めた目で見ていたが。
「あら違うわ。治療のお礼よ。あなたにも渡さなくちゃね。この戦時にお金は取っていないけれどね、どうしてもお礼をさせてほしいと言う人がいるもの」
メアリーが早口でぺちゃくちゃと喋る。
「アレックス様はメアリーにガウンを贈らないの?」
メトシェラが首を傾げてメアリーをじっと見つめながらきいた。
「大昔に贈ってくれたわ。あなたくらいの
メアリーはご機嫌だ。いかにも幸福そうだった。
「今は贈り物をくれないの?」
「ええ。二人とも立派な大人ですもの。大人の男女はそう気軽に贈り物をしないものよ」
そういえば宝石や絹のドレスをアレックスに贈って欲しいと思ったことはなかった。たしかにアレックスはメアリーの活動を応援してくれて、後ろ盾になってくれたけれど。独身の貴族の女として、ここまで自由でいられたのも彼のおかげだ。
「でも恋人同士なのに?」
メトシェラが慌ててきく。
「ええ、結婚も婚約もしてないんですもの。女の名誉に関わるわ」
ドレスや宝石で満足する皇帝の娼婦、などと呼ばせるつもりはなかった。
メアリーはメトシェラの寝室に仕立て屋を呼んで、黄味がかった白、真珠色のドレスを作らせた。今度は耳飾りを贈るつもりだ。真珠とか、エメラルドとか高価でずっしりとしたものを。
「でも急にどうしたの?」
メトシェラが戸惑って言う。
「今までだって、あなたには大切にされてきたわ。けれど、こんな風にお姫様みたいに扱われることなんてなかった。エメラルドなんてつけたら、どっかの御曹司と結婚することになってしまうわ」
「ドレントの王女とあなたがそっくりなの」
余計に頭がこんがらがった。
地下牢にいるモードを見たが、メアリーやアレックスの言うように自分の双子の片割れだとは思えなかった。なんだか似ていない。
地下牢では、ドレントの王女はメアリーの調合した眠り薬でぐっすりと寝ていたが、やはり似ている気がしない。きっと二人の思い違いだ。
「だってほら、彼女の手を見てください。あんなに柔らかくて綺麗なんですもの。それに着ている服だって一流のドレントのものばっかり」
メトシェラがアレックスとメアリーを振り返って言う。
メアリーは微笑むと鏡を手渡した。なるほど、高価なガウンを着たメトシェラは王女にそっくりだった。
「メトシェラ、あなたの出自のことはよくわからないわ。きっとアイダに聞くべきよね。でもモードやドレント国王には、あなたの存在は知らせない。慎重にことを進めないと、あなたの身が危ないから。あなたには庇護が必要よ。モードのかわりにメトシェラを女王にして、世の権力を握ろうとする輩もいるでしょう。だからイリヤの皇帝がこの宮廷であなたを守ってくださる。いいかしら?」
メアリーが説明する。
メトシェラは数少ない友達がまた一人、減ったような気がした。モードとドレントも、自分には関係なかったのだ。今だってアレックスやメアリーが騒ぎ立てなければ関係ないのではないか。
ドレントの王や王妃には会いたくもなかった。叔母に会いたい。イリヤの宮廷に閉じ込められるなんて嫌だ。同時にとても怖い。アレックスやモードが怖かった。
だが、メトシェラは賢明な方だった。もうメアリーは相談役にはできない。この広い宮廷で他人の言いなりになっていてはいけないのだ。
「時間をちょうだい。それにあなたの付き人にも会わせて。ビリーっていう人。まだ帝都にいるって知ってるの」
ドレントの王女は船で両親のもとに送り返された。結局王女の反乱も、単なる年頃の娘の反抗になってしまったのだ。
今頃モードは華やかな御殿の一室に閉じ込められて、母親からお叱りの言葉を受けているだろう。それで一週間後には両親と一緒に食卓を囲むのだ。
マティアス・トルナドーレはエル城からの帰り道、イリヤ城にやってきた。かなり落ち込んでいる。
「息子と一緒に兄の領地に行くつもりだ」
マッツは図書館のまわりの焼け野原を歩きながら言った。
「そこで甥と姪に会おう。ウージェニーはしっかり者だけれど、同じ家族を亡くした者同士、助け合いたい」
「レイチェルは気の毒だったわ」
メアリーが静かに言う。
「信じられない。誰よりも妻を愛してた。子どもたちよりもだ。それがあんなふうに殺されるなんて。レイチェルは殺人なんかに関わり合う女じゃなかった。お互い一緒に歳を重ねていくものだと思っていた……」
声がかすれていた。どこか遠くを見つめて泣くまいとしている。
メアリーはレイチェルを愛したことはなかった。好ましいと思ったことさえない。だが、彼女の死は陰惨で、なんだか後味が悪いのだ。やるせない気持ちになった。
それでとても、ヘンリー・トンプソンが殺した、などとは言えなくなってしまったのだ。
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