第45話 治療師の罪
窓も扉も閉め切った部屋。むき出しの木の床。娼婦たちの笑い声。それに自分の修道女かなんかのような、白い麻のドレス。
嫌になってしまう。なんて惨めな生活だろう。
「ご婦人は泊まっていませんか?高貴な身分の若い女性です」
男の声が聴こえた。どうやら、階段のすぐ近くで話しているらしい。
売春宿の
「旦那さま、こういうところですもの。間違っても高貴な女性を入れたりしません。城壁の中の宿屋をあたってくださいな」
女将がやわらかい声で言う。
「奥さま、あなたは話のわかる方だ。僕はここに面倒ごとを持ち込むつもりはない。流血も政治のいざこざもない。どうかメアリーに会わせてください」
メアリーは廊下に出て、階段の下の男を見に行った。
「女将さん、その人知り合いですのよ。通してあげて」
メアリーが微笑んで言う。
女将は独特の優雅さをもって謝罪すると、二階に男を通した。
「驚いたわ。ここがわかるなんて」
メアリーは自室に入って扉を閉めるとそう言った。色めきたっている。
トゥーリーンはどうして居場所が分かったのか、ものすごく曖昧な方法で説明した。
「ずっと姿をひそめていたのよ。モードとテリー公が私を目の仇にしているの」
メアリーはごく明るい声色でそう語ったが、テリー公には命を狙われていて殺されるかもしれないのだった。
「メアリー、人魚とエイダの新兵器のことだ。兵士たちのあの不可解な症状の治療をしているだろ」
トゥーリーンが部屋に入るなり、腰に下げていた剣をテーブルの上において喋り出す。
「ええ、あの恐ろしい粉ね。きれいだけれど……。でもあなたもここに来たんだからわかるでしょ。私、国を追われていて治療どころじゃないのよ。人前に出て治療しようものなら、元恋人とその婚約者に捕まって火あぶりにされるの」
「でも極秘で治療してる。この娼館に来るのは遊女たちの客だけじゃなかった」
トゥーリーンが指摘する。
「罪深い療法よ、身の毛もよだつような」
メアリーは暗い顔をした。
「仕方なかった。でも治療には人魚を殺す必要なんてなかったんだ。人魚たちから同意さえ得れば……」
「エイダ人たちは人魚のうろこを使っていたわ。『人魚狩り』なんて言葉があるくらい。私も治療にあの人たちのものを使ったの。必死だったのよ。見捨てることなんてできなかったわ。ねえ、トゥーリーン、死人の髪の毛でも、死にかけの人の命を繋ぎ止められるなら使うでしょ」
自責の念に駆られていた。だがトゥーリーンはメアリーを責めなかったし、自分だってそうしただろう、と言いさえした。
「僕は人魚を殺さずに薬を手に入れられた。今度からはそれを使うんだ」
そう言ってくれたのだ。
「あなたがイリヤ人を助けようとするなんて。よそ者だと思っていたわ」
メアリーが涙をふきとりながら言う。鼻声だ。
「よそ者には変わらない。でも僕はイリヤに住んでるんだ」
彼はちょっと優しい目をして言った。
メアリーは感謝の印にトゥーリーンのほっぺたにキスする。
「アレックスに会いたいわ」
「ドレントの王女と婚約したんだろう?」
トゥーリーンはなんとなくメアリーのアレックスへの気持ちに気づいていた。干渉するつもりもなかったが、内心ではメアリーも皇帝に恋心を抱くべきではないと思っている。
「ええ、王女とか女王とか。でもあれは魔術よ。まともな頭でモードみたいな娘と婚約するはずがない」
メアリーは粘り強かった。
どこの馬の骨ともわからない「女の子」と婚約するのは百歩譲ってよいとして、メアリーを地下牢に放り込んで処刑しようとするのは、どう考えてもおかしい。トゥーリーンだって、そこまでは否定できなかった。
真夜中、トゥーリーンの助けを借りて皇帝の寝室に忍び込んだ。彼は寝台の上で寝ている。星あかりもない真っ暗な寝室である。
そっと彼の胸やくちびるに触れた。悲しげに微笑み、やがて寝台から離れる。
一枚一枚服を脱ぎ始めた。一糸まとわない状態になるまで。呪文を唱えながら。長い、ゆるやかにカールした髪の毛が背中に触れる。柔らかく、心地よかった。
翌朝。皇帝の寝室に従者の青年が入ってきた。すぐに出ていこうとする。裸のメアリーが服を着ているところだったのだ。
とにかく、それで投獄されるのはメアリーではなく、モードとテリー公になった。王女の教育係だったというヤロブアムも捕まえたかったのだが、あいにく彼は姿を消してしまった。
アレックスとメアリーは
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