第22話 策士
真夜中、寝台の上で身を起こした。部屋には
音もなく、扉がひとりでに開く。
扉の上から青年が姿を現す。きれいな着地だ。
「まあ、トゥーリーン!」
リリィがにっこりと笑って言った。
「姫君」
トゥーリーンはリリィの笑顔に
「レネーはこの宮殿の中であなたと僕を会わせないつもりだ。だからこんな手を……」
「いいのよ。イリヤ城でもおんなじことをしたでしょ。夜中に窓から忍び込んできたものね……。レネーとの
リリィがそう言って微笑む。
トゥーリーンはリリィが心配だった。レネーの宮殿で、エズラのときと同じようになるのではないか。
リリィはレネーを警戒していなかった。過去の幸せな結婚生活を思い出して、夫を信じきっていたのだ。
どうして気づかないのだろう?レネーは今リリィを監禁し、イリヤに二度と帰れないようにすることもできるのだ。
「姫君、そのことは二人だけの秘密にしてください。特にレネーに聞かれてはよくない」
トゥーリーンが厳しい声で言う。
「わかってるわ。レネーは援軍を出す気はない。
「レネーにも同盟は必要なはずだ。あなたが帝国の大使として同盟を提案するんです」
トゥーリーンが静かに言う。
「彼の望みがわからないわ。もし、レネーが帝国を乗っ取るつもりだったら?」
リリィが不安になってたずねた。
「イリヤはレイドゥーニアには乗っ取られない。レネーには何の権利もないし、イリヤの領土など興味ないはずだ」
リリィはレネーにエズラに勝利したあかつきには、北エイダをのぞく全てのエイダの領土、エイダの王位を返還すると約束した。
「エイダなら我々だけでも取り戻すことができる」
レネーが冷ややかに言う。
「ええ、そうでしょうね。今、イリヤと共に戦ったら兵を失わないで取り戻せるわ。もしイリヤがエズラに
リリィの発言は
「カリーヌの死を忘れろというのか?」
レネーはなおも
「いいえ。カリーヌはウィゼカ家のお墓に埋葬してあげましょう。もう一度彼女の死について調べることを約束します。もし、
リリィは
「いいだろう。援軍を送ろう。だが、イリヤとレイドゥーニアが勝利したら
レネーが妻を見つめて言う。
「ええ、わかっています。それに私たちのリシャールも一緒に」
リリィが優しく言った。
トゥーリーンとリリィはレネーの軍より先に出発した。希望の知らせをもって道を急ぐ。行きのように焚き火越しに二人見つめ合うこともなかった……
エル城に着くとハーバートが出迎えてくれた。馬を飛ばせばイリヤ城から二日の道のりだが、馬車も徒歩の女子どももおり、病人や老人まで大勢いたので、一週間ほどかかってしまった。
「大勢いるな」
家財道具をつんだ農民たちの列を見てハーバートが言う。不安そうな顔だ。
「
メアリーは活き活きとした表情で言った。
「皇帝からの命令だよ。君が戻ってきてくれて嬉しい。ここの領地に君は必要な存在なんだ」
ハーバートが言う。
「ウィリーは?」
「元気だよ。戦士になりたいそうだ。その子は?」
メアリーの
「ヤング・ジョンよ。アストレア貴族のマティアス・トルナドーレの息子。ウィリーと遊ばせたらいいんじゃないかしら」
「その子も貴族の子なの?」
ヤング・ジョンが質問した。
「ええ、そうよ。皇帝の弟なの」
メアリーが
「なら遊んであげてもいいよ。だって母上に農民の子や奴隷とは友達になっちゃだめって言われてた」
領地には時々、あの
メアリーは遺体と向き合って調査を続ける日々だ。ハーバートは避難民たちの寝床や食事はなんとかしてやっているらしい。
「奥様、こんな夜遅くまで起きてたら体を壊してしまいますよ」
ジゼルはそう言って、真夜中に部屋にやってくるなり、蝋燭を吹き消してしまう。
「私は若いもの。大丈夫よ」
メアリーはうんざりして言った。
「大丈夫が聞いて呆れますね」
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