第23話 闇討ち

 ムーサ・ドゥーニの要塞ようさいを囲うようにして農民たちの死体が並べてあった。初夏の強い日差しに照らされ、強烈なにおいを放っている。禿鷹はげたかが青空を舞い、死肉をついばもうと狙っていた。


「死体を回収してやれ」

 ジョン・トルナドーレが歩廊ほろうに出てきて言う。


 陰鬱いんうつな朝だった。皇帝と参謀たちは部屋にこもって話し合っているようで、なかなか命令はくだされない。兵士たちにも皇帝の葛藤かっとうがわかるのだ。


「今エズラの挑発にのって、砦の外に出たら負けるだろう。数の上では我々は劣っている」

 ジョンが悩ましげな顔つきで言った。


「だが、民は死んでいる」

 アレックスが言う。


「敵軍の挑発を無視するのです。援軍を待ちましょう」

 テリー公が発言した。


「援軍はいつ来るかわかりません。来るかどうかも不確かです」

 アーサー・ロンド卿が言う。


「援軍を当てにする気はない。砦の外に斥候せっこうを送り込もう。野営地を探して、夜襲やしゅうをかける」

 アレックスは険しい顔をして言い放った。



 二日後、ムーサ・ドゥーニの砦から夜闇にまぎれて皇帝軍が外に出てゆく。


 エイダ軍の陣営はシマスの平原にしかれていた。見張りが数人立っている以外はみな眠っている。アレックスは音も立てず、野営地を兵士で包囲した。見張りが異変に気づく前にのどをかっきる。


 ときの声が上がった。皇帝が剣をかかげ、イリヤの兵士たちは天幕を引き裂き、寝床にいるエイダ人たちを刺し殺してゆく。慌てて起き上がって走っても逃げ場はなかった。すでに陣地じんちは取り囲まれていたのだ。逃げようとする兵士は矢に射抜かれ、倒れてゆく。


「皆殺しだ!」

 皇帝が叫んだ。




「敵軍の半数は焼き討ちに出ていて無事だったとか」

 ジョンがアレックスに耳打ちする。


「エズラも我々からのがれた」

 アレックスが野営地の天幕の中、頭を抱えて言う。

「だが、兵力が半分になったなら、捕らえて滅ぼすまでだ」



 皇妃はアレックスの手前、口にこそ出さなかったが、夫について戦場にやってきたことを後悔していた。戦争は残酷な上、不潔だ。おつきの侍女たちも苦労した。アビゲイルの機嫌は悪く、なんでもないことでお叱りの言葉をちょうだいしてしまう。


 イネスは女主人のった笑い顔から逃れようと、近くの森林に行って倒木に腰かけていた。


 頬杖ほおづえをつき、古い歌を口ずさむ。


「……女が村にうまれた

男が戦場で死んだ

村娘が子どもをはらんだ

その子どもも明日には戦場だとさ……」


「不思議な歌だね」

 

 男のやわらかい声がして、振り向いた。皇帝だ。隣にやってきて倒木の上に座る。


「みんな知ってる歌よ。私の村ではね……」

 イネスは無愛想ぶあいそに答えた。


 アレックスはしみじみとイネスを見つめている。幸薄そうな顔の少女だ。それにしても後ろから見ると、昔のメアリーにそっくりである。懐かしく、優しい気持ちになった。


「アビゲイルが君を探しているよ」

 アレックスが言う。


「皇妃さまが?」

 イネスはいぶかしげな顔をした。


「ああ。また旅に出るんだ。エイダ側を追いかけないといけないから」


「追いかけたら、焼けた村がもとに戻るの?私のお父さんが戻ってくるの?」

 イネスがたずねる。


「いや、悲しいけど戻ってこない。だが、同じようなことが起きるのは防げる」



 皇帝夫妻は何日かぶりに天幕で二人きりになった。アレックスは上着を脱いで、ほっとしながら寝床に入ろうとする。


「話があるの」

 皇妃が言った。腕を組んでこちらを見据みすえている。


「疲れている。明日にできないか?」

 アレックスが言った。


「イネスのことよ。あの子を別のところにやってほしいの。見ているのが耐えられないのよ」


「アビゲイル、それは無理だ。イネスを今外に放り出したら危険だ。エイダの脱走兵に殺されるかもしれない」


「あなたはわかっていないわ!」

 アビゲイルがヒステリックな声を出す。

「あの子の後ろ姿は昔のメアリーにそっくりなの。受け答えの仕方もね。あなたはね、あの子の金髪が昔のメアリーにそっくりだからって、ここに連れてきたのよ。今だって私じゃなくてメアリーがいれば良いと思っている」


「なんで君はそんなにメアリーに不寛容ふかんようなんだ?お腹を痛めて産んだ娘を憎むあまり、火あぶりにまでしようとしている。どうしてだ、アビゲイル?昔はそんな人じゃなかった……」

 アレックスが怒って言う。


「私は昔からあの子が怖かったわ。野心家で横柄おうへいで魔術にふれるのだって、いとわなかった。あの子は魔女なのよ。私をはいして皇妃になろうとしている。タイロンが死んだのを見たでしょ?あの子が殺したのよ。あの子があなたの子どもを殺したのよ」


「君は気が狂ってる」

 アレックスは嫌悪をこめて言った。


 わななくアビゲイルを天幕に残し、外の闇へと消える。


 もしかしたら狂っているのは自分の方かもしれない。メアリーを魔女として捕えずに、彼女の幻影を追っている。妻の言葉をきちんと聞いておくべきだった。メアリーを形だけでも遠ざけるべきだったのだ。

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