第18話 別れと再会

 波が寄せては返すのを何時間も眺めていた。どうやってエズラと戦うか考えていたのだ。


「ヤング・ジョンと一緒にエル城に行ってほしい。そこならエズラも手出しできない」

 アレックスがメアリーの隣に立って言う。


「アレックス、私は魔女よ。あなたと一緒に戦いたいの。力になりたいの」


「戦場にはアビゲイルがついてくる。君は皇妃のかわりに残ってエル城と女子どもを守るんだ。君以外に皆を任せられる人はいない」

 アレックスが言う。


 それでも戦場に行きたかった。アレックスの身に何か起こったら、どうしようもできない。


「皇妃のかわりに私が戦場に行くべきでしょう?お願いよ、母を説得して」

 必死になって言う。


 アレックスの青い瞳がこちらを見ていた。視線は微動びどうだにしない。


「説得しようと思った。だができない。アビゲイルは一時いっときでも離れたら、僕が死ぬんじゃないかと怖がってるんだ。メアリー、君は勇敢な人だ。なすべきことがわかってるはずだ」


 結局、メアリーにはアレックスの頼みを断りきれなかった。


「わかったわ。でも生きて戻ってくるって約束して。それに、魔女の私をお城の中に閉じ込めて母に戦場行きを許すなんて馬鹿げてるわ」


「僕は魔女の存在は許さない。君を魔女として捕らえるために必ず戻るよ。わかったかい?」

 アレックスがメアリーの頬に手を当てて言う。メアリーはその手を取ってそっとキスした。




 トゥーリーンを探し出すのには、そんなに苦労しなかった。ドゥーサ河近くの村の小屋に一人で住んでいたのだ。村人たちには、よく知れた存在で食料と交換で、治療や暴漢の退治を引き受けてくれるらしい。


 彼は粗末な小屋の中で短剣のやいばをといでいた。メアリーが来ても振り向く気配はない。


「君が来るってわかってた。人間たちの戦争に関わり合おうって言うんだろう?」

 トゥーリーンが言う。


「あなたも私も人間よ。それに私が頼むんじゃないの、リリィよ」


 トゥーリーンが振り返って短剣を置いた。

「じゃあ、王女は生きてるんだな。彼女はどこにいる?」


「レイドゥーニアに向かってるわ。レネーと会って協力を取りつけるつもりなの。このままでは、勝てる見込みは薄いから」

 メアリーは向かい側のいすに座った。


「また彼女を一人にしたのか?今すぐ追わなければ」


「いいえ、先にリリィに言われたことをやって。会って彼女の騎士になるのはその後よ」


 トゥーリーンは特に反対しなかった。リリィに言われた通りに人魚に警告してくれたのだ。


「少し前までは、誰も人魚の存在など信じてなかった。だが、今はどこに行っても人魚の見世物や死体、それに偽物のうろこまで売られてる。人魚にとっては恐ろしいことだな」

 彼は砂浜で、ひらりと馬の背にまたがって言う。体から水滴がたれていた。


「人魚たちは怒っていた?」

 メアリーはおごそかな顔をしてたずねる。


「怒ってる、というよりも悲しんでいた。それに王女の行方も聞いてきた」


「リリィはしばらく海には近づかないわ」

 メアリーが言う。


「気の毒に」

 トゥーリーンが曖昧な表情をして言った。


「そう言えば、皇帝はエズラに使者を送ったけれど駄目だったわ。本当に戦争は起こるの」


 使者は片耳と片腕を切り落とされて返された。メアリーもその様子を目撃したが、どうしても使者の悲鳴が耳を離れない。片腕がないことよりも、大の男が泣きじゃくっている様子が恐ろしかった。もう交渉の余地はないのだ。


「君は戦争好きなのかと思っていた」

 トゥーリーンが言う。


「ええ、あなたは正しいわ。エズラの奴隷になるくらいなら戦争を選ぶもの。戦うことを放棄ほうきしたくらいで、エイダ人たちが慈悲をたれてくれるなんて信じられない」


「命だけは助けてくれるはずだ。ひょっとしたら、酒の勢いで殺されるかもしれないが」


 メアリーはトゥーリーンの横顔を見つめた。

 日焼けした小麦色の肌に、狼のように鋭い黒の瞳。乾いた薄い色のくちびる。裸足のあしは細く、筋肉質だ。


「どうして魔女のもとから離れたの?」

 メアリーが質問する。


「彼女から教われることは教わった。それに師とは意見が合わなくなった。君もそろそろ旅立つころだろう?」


 質問には答えない。

「リリィはこの戦争が終わったらレネーの妻になるわ。彼と同じ家に住んで、彼の子どもを産む」


「レネーは一度リリィを見捨てた。でも彼女ならレネーの妻になることを選ぶだろう。義理堅いから」

 トゥーリーンはゆっくりと答えた。


「リリィに手を差し伸べようとする男は大勢いる。レネーの妻におさまるのは、彼女が義理堅いからじゃないわ」


「イリヤを愛してるから。正真正銘の皇女というわけか」


 メアリーには彼の言葉が皮肉じみてきこえた。ひょっとしたら、魔女の言葉は真実を語っていたのだろうか。


「あなたは何を愛してるの?」


「教えない。気を悪くするな。誰にも教えてないんだ、リリィにも。だが、今は世間に無関心になって隠棲いんせいしてるんじゃない。調べているんだ」

 トゥーリーンが穏やかな口調で言う。


「そう。あなたが時間をかけてるってことは、きっと意義いぎのあることなのね」


「君は皇帝のために戦うんだな」


 メアリーはうなずいた。なんだか悲しくなる。

「リリィが皇家の人間じゃなかったら、あなたを愛してたわ。知ってるの、あなたはリリィの初恋の相手よ」

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