第17話 憎い女
夜明け前に寝台から出て着替えた。侍女は呼ばずに、ひとりっきりで。寝つけなかったのだ。
夫亡き後、フランシス・トワニーは事実上の女領主となっていた。娘のヴァランティーヌは健康そのものだ。領地に侵入者もいなごもなく、生活は安定している。
寝室の扉を叩く音がした。この暗いのに、非常事態だろうか。
扉を開けると
「どうしたの、フィメル?」
フラニーが扉を抑えたまま、きく。
「武装した軍団が領地に入ってきています。
「案内しなさい。領地の兵士を集めて様子を見ます」
フラニーが家令の言葉をさえぎって言う。
城の外に出ると、なるほど確かに
「エズラだわ。少なくとも、敵ではない」
フラニーがフィメルを振り返って言った。
「ご婦人もいらっしゃいます」
フィメルが箱馬車を見て言う。
緊張がゆるんだ。無礼なことには変わらないが、あちらに敵意はないらしい。
「メアリーだわ」
フラニーは兄とその妻のことを呪わしく思った。こんなふうに、いきなり押しかけてくるなんて。しかも明け方にだ。流血沙汰になっていてもおかしくない。
「挙兵した、愛する王妃のために」
フラニーと召使いだけの大広間で、エズラが言う。ワインをのんでいた。
「王妃への愛のために?」
フラニーがおうむ返しに言う。
「そうだ、リリィがいなくなった。すぐ連れ戻せると思ったが、戦争まで始めなければならないとはな。お前の兵士たちも戦争に参加させるんだ」
「リリィ一人のために戦争を始めるの?」
フラニーは内心驚いて言う。
「妻を戻し、民に
「民衆のための戦争」
心の中ではうんざりしながら言った。
「最近、奴隷の逃亡が
エズラが笑いながら訊く。
「奴隷はきらいよ。だから領地に置いていないのに。夫は耳の聴こえない奴隷を使いたがったけれど」
フラニーが何気ないふうを装って言った。
「行軍なのにメアリー=ジェインがついてきてるわ。ここでは退屈するでしょうね」
「メアリーとはここで別れる。お前に頼みがあって来た。戦争の間、子どもたちを見ていてほしい。リシャールと他の三人の子どももだ」
エズラはリシャールを第二王妃から守るために、ヴァランティーヌ・フィルスの領地をエイダの中の自治領とした。エズラが王座を開けてる時も、メアリー=ジェインに従わなくてよいのだ。
王はすぐに領地を出てった。だが、メアリー=ジェインはいつ宮殿に帰るかわからない。
「田舎って、空気が淀んでる。人だって
メアリーがご
「そうかもしれませんね、王妃様。ここでは退屈なさるでしょう?」
昔からメアリー=ジェインとは、そりが合わなかった。それなのにメアリーときたら権力を手にして、ますます横暴になってゆくのだ。
「ええ、退屈してるわ。でもいいこと思いついたの。秘密を教えてあげるわ」
メアリーがクスクス笑いをする。
「秘密?」
フラニーが
「ええ、秘密よ。あなただって知りたいでしょ。ギーのことですもの」
メアリーが猫撫で声を出す。
フラニーはほとんど恐ろしくなって言葉を失った。まさかギーが生きているのだろうか。
「レネー・ウィゼカがエイダの王に歯向かってきた時も、ギーは死ぬ必要なんてなかった。ギーはレネーの兄というだけで王を裏切ったなんて証拠はなかったし、エズラも殺すつもりはなかったしね。私がエズラに殺すように言ったのよ」
メアリーは明らかにこの状況を楽しんでいた。目は
「なんでそんなことを……?」
フラニーが目に涙を浮かべ、かすれた声で言った。ギーを愛していたのだ。
「だってギーはあなたの夫で、大切な人だったから。あなたを傷つけたかったのよ。あなたの打ちひしがれた顔、とっても楽しいんですもの」
フラニーはリシャールやレアの子どもたちと手を繋いで歩きながら、あることを固く決心した。
「フラニー、いつ母上に会えるの?」
リシャールが執務室の赤い絨毯の上で、本を広げてきく。
「そうね。戦争が終わったらきっと会えるわ」
フラニーはそう言ってリシャールの髪にキスした。
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