第22話 よく頑張ったね

「———はぁぁぁぁ……やっと終わった……」


 使用人用のシャワーで血を洗い流したのち、予め持ってきていた替えの服に着替えて屋敷を出た俺は、いつの間にか晴れて星が輝く夜空を眺めながら……大きな大きなため息を零した。

 まだまだ外は暗闇に閉ざされ、夜が明ける予兆はない。


 遂に復讐を終えた。

 半年間恨み続けていたアイツ等の度肝を抜かれたような表情を見ることも出来た。

 確かに怒りはある程度晴れたのは晴れた。

 ただ———。


「物凄く、疲れたんだよなぁ……あのクソジジイ、ギリギリまで粘りやがって……」


 俺が元両親に突き付けた要求は3つだ。

 俺との絶縁、全財産の半分の贈与、アリス、ニア、モーリスに退職金プラス金輪際関わらない……たったこの3つだけ。


 どうよ、めちゃくちゃ優しくね?

 命を奪わないどころか半分も財産を残してやってんだよ?

 まぁ溜めてた額が予想以上に多くて半分以上は要らなかっただけなんだけど。

 

 勿論何もしなかったわけじゃない。

 へレルミナの両腕を粉砕させたんだから、公平を喫するためにアンドリュの片腕を再起不能なまでに破壊させた。

 物凄く痛がっていたけど……まぁしょうがないよね。

 

 そんでその後、アルテミス特製———『破ったら全身の骨が粉砕されて徐々に衰弱死するよーの誓約書』で俺の要求を呑むように脅したわけだ。

 といっても元から要求を呑まないなんて選択肢は用意していないので、腕を破壊してサインさせたわけだが……財産を渡すのには物凄く時間を要した。

 

 アイツ等、ガチで粘りやがるの。

 どんだけ金が大切なんやねん。


「ま、これはまた明日にでもばら撒くとして……」

 

 俺は大量の金が収まったアルテミス特製———『無限に入るショルダーバッグ』をポンポン叩きつつ、何となしに夜の道を歩く。

 流石に深夜帯ということもあって殆どの家に光は灯っていない。

 ただ、そのお陰で星々の輝きがハッキリと見え……何処か幻想的な趣きがあった。

 

「……家族と空を見上げたことなんかあったっけな……わっかんねぇ……」


 駄目だ、確かにこういった雰囲気も星空も好きなんだけど……ただでさえテンションが下がっている時に見ると普通に涙出そう。

 夜道で空を見上げながらすすり泣く男とか余裕に都市伝説級で草。

 通報されても言い訳できないって。


 ただ、泣きそうになるのも許して欲しい。


 だって俺———へレルミナの前彼氏の子供だったんだぜ?

 まぁ俺の髪も目の色も2人に似てないからおかしいとは思ってたんだけどさ。


 そのせいでアンドリュは俺を毛嫌いして……そんな俺にへレルミナが八つ当たりしてたってことだ。

 つまり元を辿ればへレルミナが悪い。

 ってことで、アイツだけは足も折っておいた。

 逆にアンドリュが片手なのは温情。


「———あ、宿じゃん」


 何とか沈んでいた心が持ち直ってきた頃、ふと前を見れば……いつの間にか俺とアルテミスが泊まっている宿泊施設に帰ってきていた。

 ただ、俺とアルテミスが泊まっている部屋の明かりは付いていないので、アルテミスはもう寝ているらしい。

 明日にでも無理矢理起こされて話をしろと喚かれそうだ。


「……ま、それもそれでいっか。俺がとことん仰々しく語ってやろう」


 興味津々な様子を微塵も隠そうとせず迫ってくるアルテミスの姿を想像して苦笑を零しつつ、我が部屋に向けて1段1段階段を登る。


 皆んな寝てるだろうから静かにしないとな。

 それにしても宿泊施設ならもっと明るくしろよ。

 危うく階段を踏み外しそうで登るのが怖いじゃんか。


「ふぅ……やっと着いた」


 疲労の籠もったため息と共に扉を開け———。



「———おかえり、レイト」

「……まだ起きてたのかよ」



 ベッドの上に腰掛けたアルテミスの姿に反射的におざなりな言葉が口を突く。

 そんな俺の態度に、サラサラな漆黒の髪を肩から垂らしたアルテミスがほんの少しだけ灰色と漆黒の瞳を見開いた。

 しかしそれはほんの一瞬のことで、精神的に参っていた俺は彼女の機敏を見逃してしまった。


「……まだ、とは随分な言い草じゃないか」

「……良いだろ別に。そもそも今何時だと思ってんだよ。普通寝てるだろ」

「生憎、私は睡眠が必要ないんだ」

「ロボットかなお前は」

 

 軽口を交わすも……長くは続かない。

 当たり前だ、俺が終わらせようとしているのだから。


 もう今は、とにかく早く寝たかった。

 軽口も、いつものおちゃらけた態度も、また明日から始める。

 どんな質問にも、どんな言葉にも、明日から乗ってやる。

 だから今だけは———。



「———っ、……なに、してんだよ……」



 もうそっとしておいてくれ。

 そう、俺が思った時だった。


 突然アルテミスが俺を引き寄せたかと思えば……バスローブから溢れた自らの太ももに俺の頭を乗せたのだ。

 彼女の太ももは、同じ人間とは思えないほどスベスベで、丁度いい塩梅の柔らかさと暖かさだった。

 

 ただ、突然のことで俺は勿論困惑。

 らしくもない彼女の行動に、1番に棘のある言葉が口を突いて出た。

 しかし、アルテミスはそんな俺の言葉などに耳を貸さず、そっと前髪を上げながらおでこを撫でる。

 艶やかな彼女の髪が俺に垂れてきて、思わず目を閉じる。


「お、おい……ほんとにどうしたんだよ……? 俺が居ない間に頭でもバグったのか? ゆ、唯一の取り柄だろ?」


 え、マジでどーゆー状況?

 ちょっと展開について行けてないんですけど。

 やられてる張本人のはずなのに全くついて行けてないんですけど!


 混乱したまま、顔に掛かる彼女の髪を手で退けつつ、ゆっくり瞼を開くと。



 

 ———何処までも慈愛の籠もった瞳と笑みを向ける、アルテミスの顔があった。




 今まで美人だ美人だと言ってきたが……そんな軽口すら吹き飛ぶ程の美貌に、俺は声も出なかった。

 彼女の瞳が、先程見た満天の星空以上に綺麗だった。


 アルテミスに、俺は見惚れていた。


 ただ此処で、普段のアルテミスならば……俺を弄ってくるだろう。

 コイツは会ってからずっとそういう奴だ。


 しかし———今回は違った。

 彼女は尚も微笑みを讃えたまま俺のおでこを撫でていた手を頬に移し、ゆっくりと顔を近付けてきた。

 そして。





「———よく頑張ったね、レイト。流石、私の惚れ込んだ男だ」



 


 いつもの余裕のある笑みではなく。

 ミステリアスな笑みでも、興味津々な笑みでも、艶やかな笑みでもなく。

 揶揄うような笑みでも、照れたような笑みでもない。


 何処までも俺を慈しむように、全てを包み込むような微笑みを浮かべたアルテミスはそう言うと。



 ———そっと、俺の唇に口づけを落としたのだった。



—————————————————————————

 ギャグは、次からね。

 

 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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