第21話 怒り

「———いやぁ、テメェ等のせいで随分酷い目にあったんだぞ。一体何回死んだと思ってんだ。まぁ、そんな苦労も今のテメェ等の顔見てたら多少は報われるってもんだよなぁ」


 照明魔導具だけが部屋を照らし、外は何処までも静寂に包まれている。

 俺は短剣を手に、元両親という心底滑稽なモノを見つめながらクツクツと嗤う。

 アンドリュもへレルミナも有り得ないと目の前の現実から目を背ける様に、顔に驚愕と絶望を張り付けていた。


 良いねぇ、遂にどう足掻いても助からないって分かったんかな?

 まぁ自分達がやったんだから自業自得だよね。


「……何を言っている……? 死んだ……だと? それに、あの場所に置いてきたレイトが帰ってこれるはずない……!」

「そ、そうですわ! それに……あそこは【禁足の森】しかありませんことよ!? まさか……禁足の森で過ごしていたとでも言うのではなくて!?」

「何だ、やっぱり俺を殺すつもりであそこに捨てたんだな。それと……へレルミナ、アンタの言ったことが正解だよ。俺は【禁足の森】で半年過ごしてた。勿論1日も忘れたことないぞ? テメェ等のことはな」


 あぁ、忘れたことはない。

 テメェ等の思い通りになんかさせないために、テメェ等に一泡吹かせるために、俺は何十何百何千と死んできたんだ。

 確かにレベルアップの恩恵でみるみる身体能力が上がるのは楽しかったが……流石にそれだけで何千回も死ねない。

 

「ところで……2人とも俺が死んだのが嘘、だなんて思ってるみたいだな」


 俺は、未だに怪訝な色を灯した瞳を向ける2人にぐいっと顔を近づける。

 それだけで後ろに仰け反ったアンドリュは、冷や汗を垂らしながら口を開いた。


「あ、当たり前だ……! この世に命を幾つも持つ人間は存在しない!」

「———それが居るんだな、今ここに」


 証拠をお見せしよう。

 そう言葉を続けた俺は、ニヤリと笑みを浮かべ———。



 ———グサッ、ブシャアアアアアアアアアッッ!!

 

 

 自らの側頭部に短剣を突き刺した。

 慣れてしまった頭を抉られる激痛を無視して短剣を引き抜けば、面白いくらいに鮮血が噴き出すではないか。

 真っ赤な俺の血は放物線を描きながらベッド、床、天井を紅色に染め上げる。


「き、キャアアアアアアアアアアアア!?!? お、オエッ……」

「グッ……ば、馬鹿なことを……」


 そんな2人の言葉をぼんやりと聞きながら……ベッドの上に倒れる。

 ドクドクと血がベッドに流れ……純白だったベッドが真っ赤に塗り替わっていく。



 ———暗転、覚醒。



 蘇ったと同時に、扉へと一目散に駆けるアンドリュとへレルミナの元に一息で移動すると……ポンッと肩に手を置いて話し掛けた。


「———おいおい、何逃げようとしてんの?」

「ヒッ!?!? ゆ、幽霊!?」

「な、何故だ……!? 確かにあの時貴様は死んで……!!」

 

 まさか本当に俺は蘇るなんて思ってなかったらしい2人は、仮にも貴族かと疑いたく鳴るほど滑稽に取り乱す。

 ハハッ、へレルミナなんて無様に腰抜かしてやんの、ダッセェ。

 

 ……それにしても……ちっとも反省、してないみたいだな。

 ま、もう期待なんかしてなかったけど。


「ほら、これで俺が禁足の森から帰ってきたって証明できたろ? どれだけ危険でも死なないなら十分帰ってこれるもんな。それじゃあ俺の要求———」


 俺がニコッと笑顔で宣っていたその時。

 過去一耳を疑うような、想像もしていなかった言葉が飛んできた。




「———ひ、卑怯ですわ!! そんな……全人類が望む最高の力を持っているだけでなく独り占めしているなんて!! それにアンタがその力を持っていると知っていたなら捨てはしなかったのですわ!!」

 

 


 …………………………は??

 ……何を、言って、いるんだ……コイツは……?


 思考が停止する。

 目の前のバケモノの言葉を理解しようとして……吐き気を催す。

 グニャリと視界が歪んだ。

 全身を燃え滾り、全てを燃やし尽くそうとする激しい怒りと憎悪が俺のセーブを振り切った。






「———巫山戯んなッッ!!」

「「!?!?」」





 人生で初めて、心の底から叫んだ気がする。

 燃えるような激情が思考を奪い———気付けばへレルミナのネグリジェを掴んで持ち上げていた。


「や、やめっ———」

「テメェ、今なんつったァ!?」


 ———卑怯。

 たったの2文字。

 されど2文字。


 その言葉は———俺の今までの努力、葛藤、苦悩を全て否定する言葉だった。


「卑怯? 卑怯って言ったのかテメェ!? ———ざけんなッッ!! のうのうと俺をダシに生きていたテメェに俺の何が分かるんだよッッ!!」


 信用していた家族に捨てられ、悲しむ間もないまま仕方なく世界で最も危険な場所に赴いた俺の気持ちを。

 絶対に死ぬと分かっていながら行かざるを得なかった俺の気持ちを。

 死ぬ瞬間の言葉にし難い激痛から逃れられない俺の気持ちを。

 実際に死んで、ふとした瞬間に走馬灯のように死の瞬間を思い出す俺の気持ちを。

 トラウマだろうと何だろうと相手は待ってくれず、何度も何度も殺されていく俺の気持ちを。

 寝る時でさえ気を抜けず、寝れば永遠に悪夢に苛まれる俺の気持ちを。

 

 俺はへレルミナの首を掴み直し、ぐいっと顔を近づける。

 怯え、恐怖を宿した瞳を覗き込んだ。


「———死んだ時の痛みも、何もしてないのに感じる幻痛も、裏切られる痛みも、否が応でも痛みと死から逃れられねぇ恐怖を……テメェ等に分かんのかって聞いてんだよおいッッ!!」

「……ッッッ!!」

「おい、何か言ってみろよへレルミナ。俺は卑怯者なんだろ? なら———いつもみたいに俺に何か言ってみろよ、御高尚な教鞭でも垂れてみろよ、なぁッッッ!!」

「ッッッッッッッ!!! ご、ごめんな、さい……」


 へレルミナは俺の怒気に当てられ……恐怖に顔を歪めながら穴という穴から体液を流して掠れ気味に言った。

 そんな奴の姿に首から手を離そうとして———。


 この程度のことで本当に赦していいんだろうか。

 苦しめるだけ苦しめて、残酷に殺せばいいのではないか。


 心を真っ黒な感情が覆い尽くし、首を掴む力が強まる。


「が、ガハッ!? れ、レイト……や、やめっ……ガガァ……」


 ……落ち着け、レイト・バーゲンセール。

 こんなゴミを殺した所で、俺に何の得がある?

 寧ろデメリットしか無いだろう??

 それに……元からコイツ等がこんなんだと分かっていただろう??


「…………チッ」

「アアアアアアアアアアアッッッ!! 腕ェエエエエエエエエエエエ!!」

「黙れよ、ババア。命を奪わなかっただけ俺の聖人さに泣いて感謝しろってんだ」


 何とか踏み止まった俺は、両腕を粉々に粉砕させるだけで済ませ、首を離す。

 ドスンッと地面に泣き叫ぶババアの身体が落ちると……横で顔面蒼白のまま俺達を見ていたアンドリュに冷酷な視線を向けた。


 頼む、もう逆らうな。

 もう終わりにしたいんだよ。




「おい、今から言う俺の要求を全部飲め。要求を飲まないというなら———残酷に殺してやる。さぁ、賢明な判断を期待してるよ」

 



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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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