第18話 襲撃しよう②

「———侵入成功っと……懐いな」


 月明かりのない真っ暗闇の中。

 俺は中庭に降り立ち、ステータスゴリ押しの暗視能力でぐるっと辺りを見回した。


 俺の祖母が好きだった色とりどりの花々。

 そんな花々に囲まれて、執事のモーリスから聞いた、昔俺の母がティータイムを楽しんでいたという白の椅子と机が置かれている。

 

 ……これの手入れ、めっちゃ面倒なんだよなぁ。


 一度モーリスの手伝いをしたことがあるのだが……まぁ面倒面倒。

 綺麗な形に揃えないと母さんから叱咤が飛ぶし、不格好になってカッコ悪くなるのだ。

 

「今も、綺麗にやってんのな」


 昔を思い出し、小さく笑みを溢したその時だった。




「———レイト様……?」




 ふと、鈴が転がるような耳触りのいい声色で、俺の名前が紡がれた。

 まさかこんな真夜中に人に出会うとは思っていなかった俺は、もうパニックもパニック。

 自分でもぎこちないと分かるほどに不恰好な挙動で振り向く。


 ———銀色と麗しい髪と瞳のメイド姿の美少女が立っていた。

 名前は、アリス。

 俺より2歳年上のお姉さんメイドである。


「や、やぁ、アリス……本日も大変お天気お日柄共々良く……あ」

「……っ、レイト様……っ!!」


 引き攣りそうな顔で言葉を発した時、自分が仮面で顔を変えていることを思い出した。

 同時に、瞳いっぱいに涙を溜めて此方に駆けてくるアリスの様子を眺めて、今俺がやらかしたことを悟った。


 み、ミスったああああああああっ!!

 何で顔変えてんのにいつも通り挨拶してんの馬鹿じゃねーの俺!?

 お前はアホか、最上級のアホだなよしおっけー……オッケーじゃないわ馬鹿!!

 やっべ、3人には迷惑かけないように素知らぬ顔で無視してようと思ったのに!

 つい今までの癖で返しちゃったよもおおおおおおおっ!!


 内心大焦りしながら、心底嬉しそうに、それでいて心配していたと怒るように、遠慮がちに抱きついて来たアリスを受け止める。

 奇しくも普段とは逆の構図だった。


「レイト様……っ!!」

「お、おおおお俺はレイト・バーゲンセールという名のイケメンではござらぬ! 某は世の悪を裁く正義の味方———インテリ仮面でござる!」 

「ふふっ、半年前と変わらないネーミングセンス皆無なお名前ですね」

「え、酷っ……ではなく! だから某はレイト・バーゲンセールではないと……!!」


 ヤバい、完全に正体バレてーら。

 もう弁明の余地もないくらいバレてるんですけど。


 これからどう挽回するか……それだけを考えていた俺だったが———。

 

「———レイト様……! こんな時くらい……ふざけないでくださいよ……っ!」

「っ!?」

「私は……私達はずっと心配していたのです……!! 当主様から何もお話になられないから……」

「…………ごめん」


 アリスの震えた声で紡がれた言葉に、俺は正体を誤魔化すことよりもすることがあると突き付けられた気分に陥った。

 アリスの震える身体をそっと抱き締め、小さく謝罪の言葉を口にする。

 彼女は一瞬ビクッと身体を震わせたが、直ぐに身体を預けてきた。

 そしてアリスが、肩越しにくぐもった声色で言う。



「———レイト様。半年前のあの日、そして今の今まで。貴方様の身に一体何があったのかを、どうか教えてくれませんか……?」


 

 俺の身体が、強張った気がした。










「———久し振りにこの部屋にも来るな」


 話すと決めた俺は、アリス先導の下、彼女の部屋に連れて来られたのだった。

 ウチが安月給なため、私物は殆ど見られないものの、綺麗に整頓され、所々に女の子の要素も見られる。


 何が言いたいかって言うと———物凄く緊張する。


「れ、レイト様……? 何かおかしな所でもございましたか……?」

「あ、や、何でもない」

「ふふっ、そうですか。それにしても……レイト様が私の部屋に来られるのは、約1年振りですかね? 昔は良く此処に遊びにいらっしゃったのに、急にレイト様ったらいらっしゃらなくなって……」

「ま、まぁ色々とな。は、はは……」


 言えない。

 思春期に突入して、何故か急に女の子の部屋に入るのが恥ずかしくなったなんて死んでも言えない。

 これは墓まで持っていこう。


「あ、あの別に責めてるわけでは……!」

「分かってるよ。あ、仮面取った方が良い? 勿論元もイケメンだけどこっちの方がイケメンだから気に入ってるんだけど……」

「……出来れば、お願いしたいです。落ち着きませんし……」

「あいよ」

 

 アリスの期待に応えるべく、そっと仮面に触れる。

 カチッと俺の顔に引っ付いていたモノが外れ、仮面が動くように。

 俺は仮面を外すと……小さく息を吐いた。


「ふぅ……軽くなったな。流石金属製、仮面に2キロとか冗談じゃねーよ」

「……っ」


 まぁその分性能もいいし、そもそも俺の身体能力が人間を超越しているからあまり気にならないのだが。

 寧ろイケメンの気分を味わえるので、その代償と考えればあまりにも軽い。


 俺は仮面を机に置くと……此方を眺めながらポロポロ涙を流すアリスの顔を見てギョッとした。


「あ、アリス!? ど、どしたん? 話聞こか?」

「い、いえ……その。本当にレイト様が目の前にいると分かって安心したと言いますか……す、すみません……」

「や、別に大丈夫だけど……」


 急募。

 泣き出した女の子へ何て声掛ければいい??

 答え———分かってたら、童貞拗らせてない。


 何て下らないことを考えて内心の動揺を必死に抑えていると。



「———アリスちゃーん。まだ寝てないのー? あんまり夜ふかしすると明日の仕事に支障……」



 アリスの部屋のドアが開き、超オフ姿の俺と同じ黒髪の20代後半の美女———ニアが入って来るも……俺を見て顔を驚愕に染めると同時に動きを停止させた。

 そんな彼女に、俺は遠慮がちに手を挙げて話し掛ける。


「ひ、久し振り……ニア。ついでにモーリスも呼んできてくれん……?」

「ど、どどどどどうして此処にレイト様が!? しかも何かちょっと大きくなって余裕がある!? ちょっとオドオドしてて可愛かったレイト様は!?」

「お、オドオドなんかしてないわ! ほ、ほら、俺がこの半年間何言してたのか話すからモーリスも呼んで!」

「え、は、はいっ、ただいま!!」


 慌てて部屋を出て行くニア。

 ムードメーカーである彼女が居なくなったこの部屋は、シンと静まり返る。

 アリスはアリスで真剣な面持ちでもう2人分の椅子を用意していた。


 ……話すつもりなんて、これっぽっちも無かったんだけどな。


 だって怖いから。

 本当の家族より家族のような人達に、この心に巣食う仄暗く醜い感情を知られることへの恐怖を感じているから。



「……はっ、情けねぇ……」



 自嘲気味の笑みと共に、全てを押し殺すようにグッと唇を噛んだ。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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