第12話 賭けの行方

「———あの……罪悪感が凄い」

「うん? どうしたんだい?」


 1日まで、あと1時間。

 ダイヤウルフは、度重なる俺の攻撃にもう全身血塗れで、既に当初の白銀の輝きはとうの昔に消え失せていた。

 片目は潰れ、咆哮すらままならず、口からは絶えず吐血して、何なら俺が右の前足の腱を斬ったせいで歩き方も不自由になっている。


 正に満身創痍、といった状態。

 血を流しすぎたダイヤウルフには、もう動く力すら残っていないだろう。


 この世界初の勝ちすら見えるほどに圧倒的俺の有利な中———一応全身無傷の俺(59回の死亡を経て、現在60回目)は、勝てることに歓喜の表情を浮かべるどころか、あまりの胸の痛さにスンっとなっていた。

 対するアルテミスは、俺が何を言っているのか理解出来ないといった風に首を傾げている。


「罪悪感?」

「そう、罪悪感。例えるなら、FPSでチートてんこ盛りにしてプロに勝って調子乗ってる感じ? 一応ゲーマーの端くれたる俺からすると、物凄くチートに殺られたときの苛立ちがリンクすんのよ」


 だって相手は1つの命なのに対して、俺は命無限やぞ?

 ちょっと自分でもチート過ぎんかとドン引きしている所存です。

 

「FPS……あぁ、銃を撃ち合う奴のことかな」

「まぁ正確にはちょっと違うけど……そんな感じ」

「ふーん……ふふっ、レイトはやっぱり良く分からないな」


 彼女は、楽しそうにクスクスと笑う。


「……それは俺を変人と言っているという認識で宜しいか? 喧嘩か? お前には一片の勝ち筋も見えないから負けた奴が勝ちってルールならいいぞ」

「別に喧嘩じゃないし、変人とも思ってないよ。寧ろ私は君が余計気に入った。その優しいのか優しくないのか良く分からない所とかね? 君は本当に私の予想を斜め上に越えてくる」


 そんな褒める……待て、待て待て待て。

 今の言い方的に、変人の塊たるアルテミスですら理解出来ないキングオブ変人的存在=俺ってこと?

 クソほどディスられてんな。


 俺が何とも言えない表情になっていると———。



「———アォォォォォォォォォンッッ!!」



 最後の抵抗とばかりに、死力を尽くして咆哮を上げたダイヤウルフが、血反吐を吐きながら突撃してくる。

 最初とは比較にならないほど遅く、常人でも捉えられる程の速度。

 酷く単純で直進的だ。

 一歩一歩地を蹴る度に身体がふらっと揺れるが、その隻眼の真紅の瞳は俺をしっかりと捉えている。

 鮮血が地に流れ染み込む。

 その、まるで自らが生きた証を残すかのように駆ける姿を目の当たりにして———俺は涙を禁じ得なかった。

 

 ……グスッ……これを俺は殺すのぉ?

 む、無理なんですけどぉ……胸が痛すぎて無理なんですけどぉ……。

 もう賭けとかほっぽり出して見逃してあげようかなぁ……てか自分が傷付けたんだけど看病したほうが良いかなぁ……。


 何て、俺が心の中で涙ぐみながら葛藤していたその時。




「———グルァァアアアアアアアア!!」



 

 ———バキャッッ!!


 ……………………え?


「……え?」


 俺の口から思わず声が漏れる。

 思考が止まり、呆然と目の前の光景を眺める。


 ———ダイヤウルフが、より巨大なダイヤウルフに殺された。


 何を言ってるか分からないって?

 安心してくれ、俺も分からない。


 ただ、突然繁みから何か影が飛び出たと思ったら……気付けばダイヤウルフの頭が踏み潰されていた。

 ブシャッ、と俺の顔面に俺と死闘を繰り広げたダイヤウルフの血が飛び散る。

 頭を潰されたダイヤウルフは一瞬大きく痙攣したかと思えばピクリとも動かなくなった。

 

 そして———その上に、より大きな個体が凛とした佇まいで立っていた。


 ……あー、もう……うん、死ね。


「……は、ははは……あははははははははははは!!」

「ガルっっ!?」

「れ、レイト!?」


 何か驚きの声が聞こえた気がするが……今の俺には雑音でしか無かった。


 ………………あと1時間だったっけか?

 そうかそうか、あと1時間もあるんか…………なら、殺ろう。

 1時間以内にコイツを殺すのが無理ゲーだって?

 バカ言え、余裕に決まってんじゃん。 

 寧ろ40分で殺してやるよ。


「はぁぁぁ……俺は怒ったからな。もう許さねぇぞテメェおい」


 ビクッと此方を見てたじろぐ駄犬。

 しかし全身から怒りのオーラを迸らせた俺はそんなこと一切気にせず、血塗られた剣を構えて腹の底から怒号を上げた。




「———ぶっ殺してやるっっっっ!!!!」




 過去一、死力を尽くした。




  


 


 

「———もう俺、戦わない」

「う、うん……何かごめん……」


 結果的に———俺は賭けに勝った。

 あの途中で乱入してきた駄犬を1時間丁度でぶっ殺したからだ。


 防御は一切しない。

 避けることもしない。

 それどころか例え死んでも一切後ろに下がらない。

 駆け引き? そんなものは必要ない。

 駄犬との身体的距離を1メートル以上離さないようにして、何度死のうが気にせずに無我夢中で剣を振るえばいい。

 簡単なことだ。


 まずは、俺と死闘を繰り広げたダイヤウルフの牙で駄犬の目を両方潰した。

 次に打撃を混じえながら執拗に足を狙い、機動力を奪った。


 それまでで35分。


 最後に———一切抵抗できなくなった駄犬の口の中に剣をぶっ刺した。

 剣身が見えなくなるまでぶっ刺した。


 そうして俺は、アルテミスの所有権と財産を手に入れたわけだが……代わりに物凄いトラウマを植え付けられたわけである。


「……もう、家に帰りたい……」

「あ、あの……レイト?」


 俺が全身から物凄い異臭を放たれているのも気にせずその場で体操座りをしていると……トレードマークとも言える笑みを消して、珍しく焦った様子のアルテミスが近付いてきては話し掛けてきた。

 そんな彼女に、空虚な瞳を向ける。


「……どうした、アルテミス?」

「……す、すまなかった。私は君たちの戦いに夢中になるあまり、周りの警戒を怠っていた。そのせいであんなことに……」

「……ははっ、別にもういいって。あ、そう言えば俺勝ったんだったな。なら俺からお前に命令するな。———もう好きにしていいよ。俺の周りに居てもいいし、何しても俺は何も言わないからさ」

「れ、レイト……っ」


 ラスボスともあろう者が露骨に狼狽えてオロオロとしている姿に、普段ならザマァとか思っていたんだろうが……生憎今は一切何も感じない。

 まるで全てを悟ったかのような微笑を浮かべて、アルテミスに告げる———。




「———どうぞ、楽しんでな?」

「———本当にごめんっ……!!」




 目の前でラスボスが土下座した。

 衝撃的な光景に、トラウマが吹き飛んだ。


—————————————————————————

 これ、コメディーだからね。

 主人公が闇落ち(?)なんかするわけ無いやん。


 あと☆1000ありがとう!


 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

 モチベで執筆スピード変わるので、続きが読みたいと思って下さったら、是非☆☆☆とフォロー宜しくお願いします! 

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