第9話 レベリング再開

「———ふむふむ、君は此処にレベルを上げに来ているのかい?」

「まぁ……一応。どこかのクソ親に荒野に捨てられたから、取り敢えず水と食糧があるこの森に来たってわけだな、うん」


 もう何か色々と諦めた俺は、アルテミスにこの森に来た経緯を説明していた。

 真っ白な脚のない机には、何処から出てきたのか知らないが、カフェラテの入ったコーヒーカップが置いてある。

 本当に何処から出て来たから知らんけど。

 

「なぁ、これって毒入ってないよな?」 

「酷いなぁ、そんなの入ってないよ」

「おっと、ならその手をどけろよ。そのカップに入ってるのが毒じゃないなら、何が入っているのか聞こうじゃないかっ!」


 俺の前に置かれたコーヒーカップを、そっと自分の方に寄せようとしたアルテミスの手を押さえ、睨みを効かせる。

 しかし当たり前だが、俺程度の睨みなどどこ吹く風で流され、クツクツと楽しそうに笑いながら言った。


「黙秘権を行使するよ」

「だから黙秘権はねぇつってんだろ! てかそもそも、何処からそんな言葉覚えたんだよ!」


 さっきのクーリングオフの件といい、あたかも俺の世界の言葉の意味を知っている節がある。

 さては転生者じゃないよな?


 俺が訝しげな視線を向ける中、悪戯っぽく笑ったアルテミスは手の甲に顎を乗せ、髪が目に掛かったのを気にした様子もなく、人差し指で俺の頬をツンツンしてくる。

 

「もう……君は相変わらずおっちょこちょいだな。私は言ったじゃないか。———見ただけで理解わかるって」

「……ちょっと待て。その口振りだと……もしかしなくても俺が転生者ってことも知ってんの?」


 俺の問い掛けに、アルテミスは特に何かを言う事なく、笑みを讃えたまま灰色の瞳に光を宿した。

 

 ……何だよそのチート能力。

 俺の【不死】なんかよりよっぽどチート能力っぽいんだけど。

 神様、コイツアウトですよ。

 チート保持し過ぎ罪でBANしてください。

 こんなんがラスボスとか勝てません。


「———ズルいぞお前! チートの重ね着しやがって! 俺は断じてお前がこの世界のラスボスだなんて認めないからな!」

「ふふっ、君は面白い反応をするね。それと……私はラスボスになる気はないよ」

「はっ、何を言うかと思えば………………今なんて言った?」


 今本当にコイツなんて言った?

 

 とんでもない暴露に唖然とする俺に、アルテミスはクスッと微笑み、漆黒の髪を耳に掛けながら、優雅な所作で自らのコーヒーカップを口に運ぶ。

 その姿は1つの絵画のようで、視線を惹きつけられた。

 しかし直ぐにこんな激ヤバ女に見惚れていたことに無性に悔しくなり、スッと目を逸らすも、分かっているとばかりに揶揄うような笑みで俺を見ていた。


「な、何だよ……早く言えよ」

「ふふっ、可愛いね。私を相手にここまでフレンドリーに接してくれるのは君だけだよ。仕方ない、普段なら同じことは言わないんだけど……君のお願いだし言ってあげるよ」

「何で上から目線なんだコイツ」


 俺の言葉をガン無視したアルテミスは———。




「———私は、君の知るゲームのラスボスになる気はない。それより君と一緒にいた方が、よっぽど楽しそうだからね」




 そう言ってコーヒーカップに再び口を付けた。










 ———俺は、とんでもないことをやらかした。

 ストーリーには一切関わらないつもりだったし、今もその気持ちは変わらない。

 変わらないが……。


「ラスボス不在になっちゃったあああああああああどうしよおおおおおおおお!!」

「まぁまぁ慌てない、慌てない」

「五月蝿いっ! 一体誰のせいでこんなことになってると思ってんだ俺のせいですねくそったれッッ!!」


 場所は変わり、【禁足の森】でも最も危険な中心部。

 今まで俺がレベリングを行っていた地点よりも更に草木が鬱蒼と生い茂り、もはや昼間でも真夜中の様に暗くて不気味な場所だった。


 というか、そもも【禁足の森】は円盤状に広がっており、中心部に行くほどモンスター達は強く、賢く、規格外になっていく。

 ダイヤウルフは【禁足の森】の中では弱い部類に入るのを考えると、中心部はどれほどのものなのか全く想像も出来ない。


 そんな超危険な場所にて。

 俺は顔面蒼白の中、頭を抱えて地団駄を踏むという、中々に情緒不安定な行動を起こしていた。

 

 あー頭痛い、頭痛が痛い痛い、頭砕ける。

 今はここが危険な場所とかクソほどどうでもいいわ。

 思っきしストーリーぶち壊した元凶じゃん俺。

 マジで主人公君とその一行、並びに、このゲームを必死になって制作した制作陣達にも土下座した方がいいか?


「…………死にたい」

「なら首出して。殺してあげる」

「怖っ!? おい、本当に俺を殺そうとするな! 不思議そうに首を傾げるな! 頭おかしいんちゃうかお前!?」


 俺は自らの首を護り、キョトンとした様子で首を傾げながら何処からともなく取り出した剣を握るアルテミスから離れる。

 

 こ、コイツ……ガチで殺そうとしやがった……!

 俺が死んでも復活するからって何のためらいもなく殺そうとしてきやがった……!

 やっぱりこのラスボス女はヤバイ奴じゃん!


 俺がラスボスさんの頭のネジの外れ具合にドン引きしていると。



「「「「「グルルルルル……」」」」」



 騒がしくしていたせいで、ここ一帯を縄張りにしていたらしいドラゴン達が空より舞い降りてくる。


 ドラゴン。

 小さいものでも10メートルほどの巨体を誇り、いかなる魔法も物理攻撃も弾く光り輝いた鱗、巨大かつ鋭利でどんなものも斬り裂く爪、ダイヤウルフをも容易く噛み潰す強力な顎。

 鱗の色と使うブレスの属性によって名前が変化する、誰もが知る最強生物。

 それは魔窟たる禁足の森でも変わらず、圧倒的捕食者として君臨している。


 そんなドラゴンが、5匹も俺の目の前にいる。

 1番大きな奴は50メートルくらいありそうだ。

 鱗の色が黒いのを見ると……ドラゴンの中でも最も純粋に強いブラックドラゴンじゃないですか。


「……アルテミス様? ん、助けて? 俺から離れないで?」

「いやね、君の情報を得た時……1体と戦うより複数体と戦った方が経験値が多かったのを思い出したんだ。だから、こうして5体呼んでみた」

「5体呼んでみた、じゃねぇよ!? 俺じゃあ手も足も出ねぇわ!! 今直ぐ俺を助けろよ、助けてくださいお願いします!」


 ススッと俺から離れるアルテミスに助けを求めるが……彼女は、それはもう清々しいほどの綺麗な笑みを浮かべていった。




「———頑張って、レイト君」

「後で覚えとけよこのク———」




 俺は、5体同時のブレスになすすべなく消し飛ばされた。


—————————————————————————

 補足。

 幾つかコメントで『消し飛んだら裸』と書いてあったんですけど、全然そんなことありません。

 そこの所は曲がりなりにもチート能力なので、一緒に復元されます。

 一応こんなでも、この物語の主人公ですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る