第8話 この場に来た理由

 ———人間、変なテンションの中で覚悟を決めた時ほど無敵なことはない。


 勿論、今の俺も例外ではなかった。


「さぁ、殺ってくれ! 気が済むまでどうぞ殺せ! でも出来れば、じっくり燃やして殺すのと溺死だけはやめて欲しいです!!」


 俺は真っ白な空間の中で大の字で横たわり、此方に笑みを讃えながらも冷酷な瞳の中に若干の驚愕を宿したラスボス様———アルテミスに、迫真の表情で言い放った。


 実際問題、言葉でジワジワ恐怖心を煽られるぐらいなら、いっそ殺してくれた方が遥かにマシだ。

 どうせ俺は転生特典で死なないし、ラスボス様に嫌われた方が詰む。


 俺はそんな思考を頭の片隅に、先程から終始無言を貫いている恐ろしいアルテミスを急かした。


「さぁ、どうしたんだ!? 俺はいつでも準備万端だ! もう怖いのでさっさと殺ってください本当にお願いします!」

「……ふふっ、ははははははははははははっ!」


 寧ろ殺してくれと懇願する俺に、突然、アルテミスが声を上げて笑い出す。

 今まで見たこと無いくらいに破顔させ、目尻に涙を浮かべるほどに大爆笑するアルテミス。

 肩は声を上げる度に上下し、両手はお腹を押さえていた。

 やがて遂には耐えられなくなったのか、地面に膝を付く。

 漆黒の艷やかな髪が真っ白な床に散らばり、ただ笑い声だけがこの何も無い空間にこだました。


 …………えっと、どういう状況?

 俺、何か笑われるようなことした?

 もしかして現在進行形でチンチャックが開いてたとか……いやこのズボンはチンチャックなんてモノ存在しないわ。

 なら一体何故に??


「あ、あのぉ……アルテミス様? 一体何を笑っていらっしゃるので……?」

「クククッ……いや、私を恐れていた様だったから……ふふっ、少し揶揄ってやろうかと思ったんだが……まさか命乞いや媚びへつらうのではなく、覚悟を決めて死を懇願するとは……ククッ、傑作だよ……っ」

「ヤバい、今直ぐ目の前のアマをぶん殴りたくなってきた。すんません、ちょっと殴っても良いですか?」

 

 未だ肩を震わせてクツクツ笑う性悪女ラスボスの様子に業を煮やす俺だったが、そんな俺の言葉に噴き出して更に爆笑するアルテミスに、俺はもはや何を言う気もやる気も失せ、人生で初めて美女に半目で底冷えするほどの視線を向けた。


 はぁ……何かビビってたさっきまでの俺が馬鹿みたいじゃん。

 それと、何コイツ?

 俺が何かする度に爆笑するって酷すぎない?

 そんなに俺の言動が滑稽に見えたか、滑稽で憐れな男で悪かったな!


「そんなに怒らないでくれよ。ただ、ちょっとツボに……ククッ」

「神様、チェンジで。今直ぐ登場人物のチェンジを要求する!」

「まぁそんなに怒らないでくれ」

「全部貴女のせいだけどね? 寧ろ貴女のせい以外の何物でもないからね?」


 ヤバい、この人といると調子を悉く狂わされるんだけど。

 てか———。



「———結局何でここにいるんですか?」

「黙秘権を行使しよう」

 


 そんな権利この世界にありません。










「———改めて名乗っておこうかな。私はアルテミス・ル・ラシエラ・エクリプス。これからよろしくね。勿論、君だけは敬語じゃなくていいよ」


 そう言って、宙に浮かぶ椅子に座り、同じく宙に浮かんだ真っ白な板の上に肘を付く。

 指と指を絡ませた手の甲に顎を乗せたアルテミスが、心底愉快そうに微笑む。

 それに対して、彼女の反対側に新たに生まれた椅子に座った俺は、不服な気持ちを隠すことなく半目で睨んだ。


「それはありがたいけど……俺的には宜しくしたくないんだよね。クーリングオフ制度ってある?」

「ごめんね、そんなものは存在しないよ」

「じゃあ時間を戻す機械か魔法」

「どっちもあるけど使わない。それに———私は君が気に入ったんだ。絶対に手放したりしないからね?」


 そう悪戯っぽく笑うアルテミスは、クソほど強くて怖いラスボスだと知らなければうっかり惚れてしまいそうな程に綺麗だった。


 ただあくまでもそれは……ラスボスだと知らなければ、である。

 そして俺は、ラスボスだと知っている。


 つまりは———ハラハラドキドキが天井突破しそう。


 きっと今の俺は、物凄く引き攣っているはずだ。


 悲報、ラスボスに何か気に入られた件。

 いやまぁ嫌われるよりかはマシだけども。

 

「それで3回目だけど……何で昔捨てたはずのこの部屋にいるん?」

「私だって来る予定はなかったんだ。でもついこの前デュラハンから、面白い者がいるって聞いてね」


 おっと、嫌な予感がしますね。 


 俺はニヤニヤと此方を見て笑みを深めるアルテミスを眺めながら、真顔で尋ねた。


「……それが誰のことか聞いても?」

「ふふっ、しらばっくれても意味ないよ。勿論君のことさ、レイト・バーゲンセール君」


 ですよねー、分かってました。

 だってデュラハンにどれだけ殺されたかさっぱり覚えてないし。

 まぁでも1つ言えるのは———。




 ———俺がラスボスを呼び寄せてしまったらしい。




「これからもよろしく、レイト君」



 そう言う彼女は、未来への憂いから感情を失ったかのように真顔となった俺の頬を、優しくそっと撫でたのだった。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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