第二話 〈姫巫女〉音羽
ここは、鳳凰の治める〈凰國〉。
鳳凰の一族である白凰族が暮らす三國のひとつで、三國の中でもっとも大きい領土を保有する。鳳凰王が御坐す凰城は、凰の森からは目と鼻の先にある國の心臓部である。
凰國において「白」という色は神聖なものの象徴である。全体が白に覆われた守りの城は、鳳凰の持つ焔の色が純度が高い色温度の白色ということから、白を基調とした内装が施されていた。
そんな凰城の離れである
凰國において〈姫巫女〉と呼ばれる者は特別な存在であり、凰國内でも秘匿対象として管理されている。鳳凰のための
明確な答えは無いが、鳳凰が捧げられた者を気に入れば「世界は安寧のときを約束される」と伝わっており、事実世界の平和期が続いていることから、今代の〈姫巫女〉である
離れの窓から吹く涼しい風が、すやすやと穏やかな寝息を立てている
ふるりと
「——あら、おはようございます、
ぼうっと覚醒し切っていない頭を、声の聞こえた方へと向ける。そこには
「
「ふふ、いつにも増して寝坊助さんですね」
「……まぶしい……」
日の光が一線、無機質な部屋に射しこんでいる。どうりで眩しいわけだ、と
「わたし、いつから寝ていたのかしら」
おぼろげな記憶の泉に浸かれば、眠る以前は凰の森にいたはずで、気づいたらこの寝台にいた。いつ自分はこの場所に戻ってきたのか。その記憶だけがすっぽりと
「
くすくすと笑う
凰の森からなんらかの方法で自室に戻り、そのまま眠りの海に潜っていたのだと
「わたし、そんなにも寝ていたの……⁉」
一日寝ていたとなれば、それは、
昼寝が終わったあと、明日——いや、すでに今日のこと——より開催される凰國に伝わる〈剣舞祭〉で着用する着物の試着や採寸の予定が入っていた。けれど
〈剣舞祭〉——それは、世界の三國がここ凰國に集結し、いにしえより縁のある三國のさらなる繁栄と安寧を願うもので、國の代表が舞いながら剣技を競う友好の祭りである。
〈剣舞祭〉は三日間に渡り行われ、その初日である今日は、
それは凰國に百年振りに新しく迎えられた〈姫巫女〉としての披露目だ。
そのことを不意に思い出して、
「鳳凰様は?」
「王はすでに会場に。いまごろ〈剣舞祭〉も盛り上がっているころでしょう。……あぁそうそう。
「言伝?」
「はい。『
「……鳳凰様が、そんなこと……」
鳳凰の思ってもみなかった気遣いに、ほっと胸を撫で下ろす。同時に、なにか大事なことが抜けているような気がして、
「本当にお優しい。王はまるで我々の君主たる鑑ですわね。昨日、凰の森に出かけられたでしょう? 〈白癒〉の使用を確認された鳳凰様が、
にこり、と微笑む音がどうしてだかぎこちなく聞こえたのは、たぶん
「いくら人の出入りが少ない凰の森とはいえ、危機感が足りなさすぎますわ、
「い、いたいいたいっ、ごめんなさい
「なぜお力を使われましたの! 〈
「だって、しょうがなかったんだもの……」
今朝——
そういえばあの青年は今どうしているだろうか? 〈白癒〉は
(誰にも見つからずに、森から出られていたらいいけれど)
もしその場から今までの間動けずにいて、それこそ凰國直属の
*****
「ところで、
「ぎくり。」
「まさか他國の人間ではないでしょうね⁉ ああ、もしそうだったとしたらどうしましょう。人間があの凰の森に侵入していたなんて王が知ってしまったら、隠蔽に関わったと疑われて
「そ、そんなことあるわけないでしょう。く、くま。そう、大きな熊が苦しそうにしていたから!」
我ながら苦しい言い訳である。と
ただでさえ〈姫巫女〉の存在は秘匿。一生を鳥籠で過ごし鳳凰に愛でられることが決められている。だが、
凰國の中でも使用できる者は少なく稀有であり、
〈白癒〉は術者の心身に影響を及ぼす。
熊——ではなかったものの、青年は本当に苦しそうにしていた。
森に生きる者たちが、森への侵入を許さなかったわけではない。自分たちの領域を荒らされたと認識すればもっと凄惨な現場になっていたはずだ。けれどそうではなかった。考えられるのは、きっと、人の暴力によって青年がそこに倒れていたからだろう。
「くるしそうに、していたのよ……」
あのときそばにいた兎から流れ込んできた当時の
どうして暴力が生まれるのか、彼女は理解に苦しんだ。
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