悪役になるのを全力回避したらわたしを処刑するはずの公爵様の様子がおかしい
ミダ ワタル
第1話 わたしを処刑するはずの公爵様の登場がおかしい
「初めましてになるのかな? セシリア・ヴァスト侯爵令嬢」
白バラだけを集めた庭がこれほど似合う人もいない。
身にまとう、金銀の
きらきら輝くような金髪、少し冷たい灰色がかった青い瞳がどこかミステリアスな
わたしの目の前に登場した「彼」に、どちらさま、なんて質問は不要だ。
こんな人物、この世界で「彼」一人しかいないのだから。
クリストファー・ランベール公爵閣下。
尋常ではない量の魔力と魔術の才能を持って生まれた、この国の元第二王子。
侯爵令嬢セシリア・ヴァストに転生したわたしが、この世界で最も出会いたくなかった人物である。
*****
『――与えられた才で国と王家に尽くすため、継承権は
三年前――王族として正式なお
早熟で将来を期待された王子だったけれど、幼い頃から「魔術以外のことに興味なし」と言い続けていたのは、どうやら本気だったらしい。
おまけに、しっかりと入念な根回しと説得もしていたようだ。
第二王子の希望は、国王王妃両陛下と兄君である王太子殿下の理解の下、円満に、かつ
あまりにすんなり問題なく手続きが進んだため、誰もが無用の後継者争いや
まあ、それを声に出して言っちゃう人はいないけれど。
こうして王太子殿下は優秀な弟と争うこともなく、貴族達の支持を
そして、臣に下った「彼」。
元第二王子――クリストファー・ランベール公爵閣下は。
ご自分の宣言通りに、現在、十八歳にして魔術師の頂点に立つ“塔”を束ねるお方としてこの国に貢献する身となった。
*****
「お、お初にお目にかかります。ランベール公爵閣下」
パニック寸前に
金糸を織り込んだ緑色の絹地に、クリーム色のレースをたっぷり重ねたドレスがさらさらと軽やかな
今日のわたしは王宮仕様で
わたしの緑色の瞳に合わせたドレスを着て、栗色の髪は侍女の手で
大丈夫、怪しくない。
声をかけられてから、かなり間を空けて
少しばかり声も震えてしまったけれど。
クリストファーの
というか、どうして彼がここにいるの!?
ここで登場してくる予定もシナリオもなかったはずですけど?
第一、この美しく整えられた白バラの庭園は、王家自慢の奥中庭だ。
入ることが出来るのは王家の方々と、王妃様主催のお茶会に招かれた貴族女性に限られる。
王家……王家か……いまはランベール公爵家当主様として独立しているはずだけど、国王陛下の血を引く息子ってことで入園OKってこと?
そこの線引きは、ぜひともはっきりさせておいてくれないと困るのですけど。
この庭なら現れないから大丈夫ってすっかり油断して、認識阻害の魔術も出力最低にしていたのですけど。
「王宮図書館長のご息女でしたね?」
「え、ええ……」
その見目麗しさを裏切らない、いい声だ。
少年ぽい涼やかさもありながら中低音でしっとりした色気もあるって、どういうことかな。
あと、どうしてただ立って
なにか金粉でも舞ってるのかな、そういうエフェクト?
転生してそれなりの年月、この世界に暮らしてきたけれど、そんなエフェクト付きで現れる人物ってこれまでいなかったのだけど。
わたしがそんなこと考えているとも知らずに、ものすごく穏やかで人の良さそうな
スクショを撮れないのが
「今日はどうして王城に?」
「お、王妃様のお茶会に招かれまして」
わたしの父、フレデリック・ヴァストは学者であり王宮図書館長の役職も持つ侯爵家当主だ。
そのおかげで、たとえ日頃、家か王宮図書館の一室に引き
普段、お茶会なんてご令嬢同士の情報戦は面倒すぎて欠席だけれど、この王妃様主催のお茶会だけは別だ。
「ああ、母上の楽しみか……たしかに君なら呼ばれるだろうね」
「はあ」
王宮で仕事を持つご令嬢や、大人しい性格のご令嬢を集めたこのお茶会では、むやみに人のことを
話題も、流行のドレスなどではなく、新種の薬草の話や最近王国に入った珍しい品物の話、注目の本の話など、興味の
まあ、わたしはうんうんとうなずいて話を聞いているのがほとんどだけど。
華やか令嬢グループのお茶会もやっているようだから、たぶん王妃様は相性や特性を見て令嬢達を組みわせ、様々な情報を引き出しているのだろう。さすがだ。
「一族の多くがその研究成果で国の発展や王家に貢献してきた、“学究のヴァスト家”の娘だもの。しかし、お茶会はとうに終わったはずでは?」
「許可をいただいて、お庭の見学を」
王城の中でも
王妃様から許可をもらって、
どうしてこんなことに……。
わたしはクリストファーから美しく整えられたバラの垣根へと、さりげなく目線をずらしつつ、内心
彼と
さくっ、と。
庭の草を
「どうして逃げるの?」
「ま、まさか、逃げてなど」
つい反射的に一歩、二歩と後ずさってしまった。
うふふと、わたしはぎこちなく微笑み
「そう?」
「はい。突然いらした閣下に声をかけられ、少し驚いてしまっただけで……」
「ふうん」
さくさく。
じりじり。
わたしに歩み寄ろうとする彼と、その分だけ後ずさるわたしの距離は変わらないまま、二人して数歩移動する。
はた目に見れば、さぞ
「やっぱり逃げてるよね?」
「あの……わたくしに、なにかご用でしょうか?」
「わからない?」
思い当たることはある。
けれど、頭の中で浮かんだその思い当たりを全力で否定したい。
わかるけど、そうじゃないと思いたい!
「わかりませんっ」
にっこりととびきりの淑女の微笑みを浮かべて、わたしは答えた。
だって、この世界は――。
わたしがセシリア・ヴァストに転生する前の人生でプレイしていたゲーム。
通称こいきみ。『恋した君と出会うまで』という乙女ゲームの世界。
クリストファー・ランベールはヒロインの攻略対象。
そして、わたし――。
セシリア・ヴァストはクリストファーの婚約者で悪役令嬢。
それもゲーム
いわゆる、モブ悪役令嬢である。
悪役になるのを全力回避したらわたしを処刑するはずの公爵様の様子がおかしい ミダ ワタル @Mida_Wataru
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