第4話 MP回収、しかし待つのは毎日1万MPの返済
クロードは魔法を使えないから楽勝だ、と思っていたのだろう。工場勤務の債務者達は、まさかのクロード=エミールが、初級魔法とは言えショックウェーブを放ったことにすっかり驚き、身動きが取れなくなっている。
そこへ、レベッカとテオが突撃していった。
あっという間に、全員たたき伏せられてしまい、鎮圧されてしまった。
「さーて、回収よ、回収♪」
朗らかに言いながら、レベッカは工場の奥に置いてある金庫へと近寄り、手をかざすと、何か呪文を唱え始めた。
解錠魔法だったようだ。
しっかりと施錠されていた金庫は、あっさりと扉を開いた。中には大小様々な硬貨がギッシリと詰められている。マギルヒカの通貨、魔導硬貨だ。
「何よぉ、あるじゃない。こんなに蓄えがたくさん」
持ってきた袋の中に、どんどん金庫内の魔導硬貨を移し替えていく。
そのレベッカに向かって、目を覚ました工場長は、青ざめた表情で腕を伸ばして、金を奪うのを阻止しようとする。
「や……やめてくれぇ……その金は、その金だけは……持っていかれると……終わっちまうんだ、この工場が……」
「聞こえなーい♪」
レベッカはあからさまに無視して、魔導硬貨を袋の中に詰め込んでいく。
変な気を起こさせないように、とばかりに、テオは工場長のそばまで寄ると、相手の腕を思いきり踏み折った。骨の砕ける音とともに、工場長の腕はあらぬ方向へと曲がる。絶叫を上げてのたうち回るのを、うるさそうに見下ろしていたテオは、容赦なくその顔面を蹴り飛ばした。でかい図体から繰り出される重いキック。工場長はたちまち気を失い、動かなくなった。
他の工員達は、すっかり恐怖で青ざめており、何も抵抗できずにおとなしくしている。
エミールの残MPは20。ショックウェーブを放つにはもう一度マジックドレインが必要であるが、わざわざそんなことをする必要も無さそうだった。
それに、これ以上目立つわけにもいかない。
「はーい、回収完了♪ 元本と、利息と、あと手間賃も加えて、全部いただきね♡」
袋いっぱいに魔導硬貨を詰めたレベッカは、エミールのほうを振り返ると、底知れぬ深さを帯びた瞳で、ジッと彼のことを見つめてきた。
「で、どうして急に魔法を使えるようになったの? クロード」
エミールは動揺しなかった。魔法を使えない、このクロードの体で、いきなりショックウェーブを放ったのだ、当然レベッカやテオに詰問されるであろうことは予測していた。
だから、答えももう決まっていた。
「いや、無我夢中でいたら、なぜか放つことが出来たんだ」
「ふうん」
目の前に寄ってきたレベッカは、ジロジロと、エミールのことを上から下まで眺め回してくる。
エミールはといえば、(それにしてもいい女だな)(おっぱいでかいな)ということばかり考えて、いまいち危機感が薄い状態である。
「復活魔法で復活したら、いきなり魔法を使えるようになった、っていうのか? そんな話、聞いたことがないぞ」
「そもそも死者を復活させる魔法自体、使ったことがある奴は少ないんじゃないのか」
エミールの指摘に、テオは何やら考え込み始める。こちらへ向けているのは、疑いの眼だ。
「さ、回収したんなら、さっさと戻ろう。魔力バンクに返さないといけないんだろ? その魔導硬貨」
「ああ……」
なお、納得していない様子で、テオは歯切れの悪い返事を返したが、エミールは構わずに工場の外へと先にスタスタ出ていった。
残されたテオとレベッカは、お互いに顔を見合わせて、不思議そうに首を傾げるのであった。
※ ※ ※
「確かに、本日の分1万MP、受け取りました」
貸金業者「梟の目」の事務所に戻るやいなや、魔力バンクのバンカーが使者としてやって来た。
女だ。おそらく20代。レベッカよりは若そうだ。
長い髪を頭の後ろで束ねており、厚いレンズの眼鏡をかけている。体にピッタリしたスーツを着ており、一見しただけで融通が利かなそうなほど真面目な雰囲気。
バンカーの彼女は、シンシアと名乗った。
レベッカから魔導硬貨1万MP分を受け取ると、 眼鏡の奥の目をギラリと光らせ、クロード=エミールのことを睨みつけてくる。
「死んだ、と聞いていましたが、なぜ生きているのです?」
その質問に対して、エミールは慎重を期して、回答を控えた。なぜ、彼女がそのことを知っているのだろうか。どういう意図でその言葉を投げかけてきたのだろうか。
エミールが答えないので、代わりにテオが横から口を挟んできた。
「死んでねーよ。見ての通り、クロードはピンピンしてる。誰だ、そんなデマを流したのは」
テオの逆質問には、シンシアも答えなかった。
「では、また明日、お伺いします。忘れずに1万MP用意すること」
念を押すようにそう言い残して、シンシアは去っていった。
ふう、とレベッカはため息をつく。ちょっと苛立っている様子だ。
「魔力バンクも暇ね。十日にいっぺんとか、一ヶ月にいっぺんとか、まとめて回収に来ればいいのに、律儀に毎日取り立てに来るっていうんだから……」
「信用してないんだろ。俺達は闇金だ。いつ踏み倒して姿をくらますかわからない。監視も兼ねて、毎日取りに来ようって魂胆なのさ」
二人の会話をぼんやりと聞きながら、エミールはあらためて、事務所内を眺め回した。
洒落た調度品や、高そうな絵画が、そこかしこに設置されている。このクロードという男は、相当羽振りがよかったのだろう。闇金業者にしては贅沢な内装だ。
この金回りの良さそうな雰囲気に騙されて、悪質な高利で金を借りた者達が、何人もいるのだろう。あの工場の者達のように。もちろん、こんなところに金を借りるほうも問題あるが、しかし、中には追い詰められた末に、最後の希望を託して頼ってきた者達も少なくないだろう。
これから、毎日、あの工場の時のように苛烈な取り立てをするのかと思うと、気が滅入りそうだった。
「レベッカ、テオ。魔力バンクに借りたMPは、絶対に返さないと駄目なのか?」
エミールの何気ない質問。それは、返さずに済む方法があれば何とかなるかもしれない、という淡い期待を抱いてのものだったが、結果は、駄目だった。
レベッカもテオも、ピシャリと否定してきた。
「駄目よ。魔力バンクは女王直轄の組織。そこに逆らうことは、国に逆らうのと同じ」
「もしも借りたMPを返せないとなると、俺達の魂で返済しないといけなくなる。わかるか? 要は、処刑されちまう、ってことだよ」
MPを返せなくなった瞬間、命の取り立てが待っている。それなら、返し続けなければいけない。
「でも、逃げるっていう手は無いかな」
「無い。魔力バンクお抱えの処刑隊『スイーパー』に狙われたら、一巻の終わりだ。そうやって処刑された後、魂は傀儡兵士『魔導人形』へと収められ、臓器は手術の移植用に切り取られる。ろくな最期じゃねえさ」
「なるほど……」
確かに、魔力バンクには専用の部隊「スイーパー」がいるとは、転生前から聞いて知っていた。実際に見たことはない。秘密の殺し屋部隊だ。
この状況、自分や「梟の目」のメンバーだけでは解決が難しい。
「ちょっと出かけてくる」
「どこへ?」
レベッカに尋ねられたエミールは、部屋から出ながら、振り返ることなく、ヒラヒラと手を振った。
「街の様子を見に行くんだ。何か思い出せるかもしれない」
嘘だ。
本当は、目的があって、外に出る。
王立図書館長アスマ。転生前、エミールと歳が近く、親友であった男。古今東西のあらゆる魔法について豊富な知識を有しており、もしも魔力保有量さえ高ければ、彼もまた賢者になれたのではないか、と言われるほどの優秀な男。
自分が死んでから21年経っている、ということは、アスマはいま46歳だろう。だいぶ見た目が変わっているかもしれない。
なんであれ、会うのが楽しみだった。
しかし――
「アスマさんは死にました」
王立図書館に着いて、手近な司書に尋ねたところ、そんな答えが返ってきた。
「殺されたんです。禁断魔法の魔道書を所持していた罪で、処刑されたのです」
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