第3話 MP0であろうとも彼は大賢者

 外に出て、街の風景を見て、エミールはここがマギルヒカのどこであるか、理解した。どうやら、首都ローゼムのようだ。首都の象徴である、大時計台が天をも貫かんばかりに建っている。


 自分が死んでから、だいぶ時は経過しているようだ。魔王大戦の最中、首都も襲撃され、多くの建物が破壊の憂き目に遭い、街は荒れ果てていた。


 それが、何事もなかったかのように、平和な光景を展開している。


 大通りは馬車や人々が行き交っており、通り沿いの建物の中では、様々な商店が活気溢れる様子で客達の相手をしている。


「いまは、魔王大戦から、何年経っている?」


 エミールの質問に、先を進むレベッカとテオは、互いに顔を見合わせた。


「どうしたの、クロード。なんで魔王大戦?」

「唯一思い出せるのが、それだけなんだ。いいから答えてくれ」

「21年よ。魔王大戦終結後、21年」


 意外と年月が過ぎている。仲間達の中でも最年少の10歳だったワンムーなんか、もう31歳ということだ。あの少女が、どんな大人に育っているのか、気になる。


 いや、それよりも、一番気になるのは、あの女だ。


「いまのマギルヒカの国王は、誰なんだ」

「ナラーファ女王よ」


 やはりそうか、とエミールは大して驚かなかった。次の国王候補だった自分が死んだのだから、当然、その次に国王として選ばれるのは、ナラーファだろう。


 もう一人、白魔導士のメリッサもいたが、彼女は権力志向が無かったし、何よりも騎士リヒャルトの子を宿していた。とても王位継承をしている余裕など無かっただろう。


(ナラーファ……よくも、俺のことを裏切ったな……!)


 あらためて復讐の念がこみ上げてくる。いつか必ず、この恨みは晴らさせてもらうぞ、と強く誓ったが、それはさて置き、いまは目の前のことに集中しないといけない。


「ところで、これからMPを取り立てる予定の債務者達は、どんな連中なんだ?」


 その質問には、テオが答えた。


「町工場に勤めている、下級労働者達だ」

「うちに金を借りるくらい困窮しているわけか」

「同情はするなよ。奴らはクズだ。ギャンブルに、クラブ通い。てめーの欲望に負けて、分不相応な金の使い方をしていたから、落ちるところまで落ちたんだよ」

「なるほど、それはどうしようもないな」

「それに、お前を殺したのは、そいつらだ」

「なんだって?」


 エミールは眉をひそめた。


「俺を殺したことがわかっているなら、憲兵隊に引き出せばよかったじゃないか、なんで、そうしなかった」

「一つ、憲兵隊を呼べば、お前の死体は検分のため回収されてしまう。蘇生魔法を使うことが出来なくなる。二つ、俺達は闇金だ。高利で金を貸していたことがバレたら、俺達まで捕まっちまう。そして三つ、奴らが逮捕されたら、MPの回収が出来なくなる。だから、黙っていた」

「そういうことか。しかし、俺も情けないな。そんな債務者の連中にはめられて殺されるなんて……」

「仕方がないさ」


 テオはかぶりを振る。


「お前は、MPが0なんだから」

「は⁉」


 まさかの事実を告げられ、エミールは目を丸くした。


 MPが0? この魔導大国マギルヒカにおいて、そんな住民がいるのか? 国民であれば、どんなに身分が低くても、初級魔法は使えるというのに?


「その記憶も無くしちまったんだな。じゃあ、教えてやる。よくわからんが、お前は生まれつき、魔力を持てない体らしい。喧嘩は強いし、胆力もあるが、魔法を使える連中に囲まれたらめっぽう弱い。それで殺されちまったんだ」


 これで魔法が使えなかった理由がわかった。MP0だからだ。


 ということは、この先ずっと、何も出来ないのか? いや、何か方法があるはずだ。もしも、MPを少しでも持つことが出来たら、大賢者として魔法の知識は備わっているのだから、魔法を使うことも可能だろう。


 問題は、どうやってMPを入手するか、だが……


 そんなことを考えているうちに、スラム地域へと辿り着いた。


 町工場は、このエリアに入ってすぐのところにある。さっそく乗り込もうとするレベッカとテオに対して、エミールは「待った」と声をかけた。


「反撃されたらどうするんだ? 俺が生き返った、ってなったら、パニックで襲いかかってくるかもしれない。戦うつもりか?」

「無論、戦う。最初から大暴れする気でいるんだよ、こっちは」


 テオはニカッと満面に笑みを浮かべ、レベッカも楽しそうに笑っている。金の取り立てだけではなく、クロード殺しの連中を痛い目にあわせることが、楽しみなようだ。


「お前は病み上がりみたいなもんだからな、後ろでデンッと構えていれば十分だ。戦闘は俺とレベッカに任せろ」


 そう言ってから、テオは、丸太のような脚で、思いきり町工場のドアを蹴り抜いた。


「な、なんだぁ⁉」


 ノコギリを持って作業中だった中年の工員が、びっくりして声を上げた。


 その顔面に、一気に間合いを詰めたレベッカの蹴りが、思いきり叩き込まれる。工員は、鼻血を飛ばしながら、吹っ飛んだ。


 他の工員達は作業をやめて、ワラワラと集結してくる。


「お前ら、闇金の連中か!」

「う、嘘だろ⁉ クロードの奴が生きてやがる⁉」

「本当だ! どうして⁉」


 案の定、エミール=クロードの姿を見て、工員達は大混乱に陥った。そして、混乱よりも、恐怖のほうが上回ったのだろう、おのおの工具を手に、闇金三人組を撃退せんとばかりに身構えた。


「こうなったら、もう一度ぶっ殺すしかねえ!」

「皆殺しだ! 全員ぶっ殺せ!」


 きっと、スラム出身の賤民達なのだろう。すぐに暴力で解決しようという、その発想は短絡的である。これまでも、こうして他人を傷つけ、殺して、欲しいものを奪ってきたに違いない。


 クロードという男は、どうしてこんな連中に、金を貸したのだろうか。エミールは不思議に思いながら、先ほどの打ち合わせ通りに、荒事はレベッカとテオに任せることとした。


 レベッカは、そのボンテージファッションにふさわしく、状態異常魔法を駆使して、工員達を次々と無力化していく。麻痺魔法、毒魔法、詠唱禁止魔法。その魔法のレパートリーは多様で、並の魔法使いではないことが伝わってくる。


 そうやって、無力化された工員を、続けてテオが叩きのめしていく。魔法が苦手なのか、それとも魔法よりも肉弾戦が得意なのか、殴って、蹴って、投げ飛ばして、とにかく大柄な肉体を生かして、次々と工員達を倒していく。


(俺は何もしなくて良さそうだな)


 いまや魔法を使えない体なので、内心ホッとしながら、エミールは呑気に観戦を続けていた。


 だが、そんな風に高みの見物をしていたのも束の間、建屋の外から、新手の工員達がゾロゾロと大挙して流れ込んできて、エミールのことを取り囲んだ。


「クロード⁉」


 慌てて助けに入ろうとしたレベッカだったが、工員達の肉壁に邪魔されて、先へと進めなくなる。


「まさか蘇生するとは。だが、懲りずに取り立てに来たのは、愚策だったな」


 包囲網の中から、髭面の中年男性が前に出てきた。おそらく、ここの工場長だろう。一人だけ偉そうな面構えをしている。


「どうだ? 命が惜しくないか? 借金をチャラにすると約束するなら、生きて返してやってもいい」


 ジリジリと包囲は狭まってきている。それぞれ、ナイフやハンマー、ノコギリといった凶器を持っており、徒手空拳のエミールは、圧倒的に不利な状況だ。


「てめーら、どけーーー!」


 テオが怒号を上げ、工員達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、レベッカとともに、エミールを助けようと突っ込んでくるが、間に合わない。


(くっ! MPさえあれば、魔法を使えるかもしれないのに!)


 そこで、ハッとなった。


 魔法は使えなくとも、スキルは使えるんじゃないか? スキルの発動には、MPは必要ない。


 もしも「マジックドレイン」が発動できるならMPを入手できる。


 そうすれば――!


「マジックドレイン!」


 掛け声とともに、工場長へ向かって、手の平をかざす。


 たちまち、可視化された魔力が、青い煙状になって工場長の肉体から吸い出され、エミールの手の平へと吸収されてゆく。


「な、なんだあ⁉」


 驚き、顔を青ざめさせた工場長は、自分の体から抜けていく青い煙を、必死で自分の体内へと戻そうとするが、虚しく空中を掻き回すだけだった。


 残MPがわかるアイテムを持っていないので、エミールは、相手からどれだけのMPを吸い取ったのか、正確にはわからない。しかし、経験から、全て吸収するのにかかった時間で、大体どれくらいの量のMPだったのか、推測は出来る。


 おそらく50MP。かつて大魔法を連発していたエミールからすれば、微量。


(だが十分だ!)


 MPを吸収した手の平を、相手に向かってかざしたまま、立て続けにエミールは呪文を詠唱する。


「タウレス・エスプリツ・ヴォーレ・アンコック!」


 ドンッ! と轟音とともに、衝撃波が工場長にぶつかり、大きく吹き飛ばした。


「げはあっ⁉」


 工場長は壁に激突し、そのまま白目を剥くと、力を失って、ガクンと床に崩れ落ちた。そして、動かなくなる。


 工員達は、ポカンとして、倒れている工場長のことを阿呆のように眺めている。


「おっと、俺としたことが、手加減するのを忘れたようだ」


 初級魔法、ランクD、消費MPは30、魔法名「ショックウェーブ」。


 それは、取るに足らない、大したことのない魔法。誰でも使えるようなもの。


 けれども、魔法の全てを知り尽くした大賢者エミールの手にかかれば、スムーズな詠唱に、完璧な発動タイミングで、並の者が放つよりも強力な武器となる。


「さて、次は誰の番かな」


 エミールはニヤリと笑った。

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