第2話 転生した先はMP高利貸しの男でした

 突然、部屋のドアが開き、二人の人間が飛び込んできた。


 一人は、ボンテージレオタードに身を包んだ、ショートヘアの美女。エミール好みのグラマラスなボディを持っており、思わず目が釘付けになる。


 もう一人は、風船のように膨らんだ体型の丸々とした男。しかし、単に肥満体というわけではなさそうなのは、シャツから覗かせている腕の筋肉が物語っている。


「クロード! よかった、目を覚ましたのね!」


 ショートヘアの美女は、喜色満面で、エミールのことを「クロード」と呼び、思いきり抱きついていた。豊かな胸がギュッと押し当てられ、思わずエミールは破顔したが、もう一人の男がじっとこちらを見つめているのに気が付き、すぐに表情を平常に戻した。


 まだ、この二人がどんな人物であるかわからない。気を抜くわけにはいかない。何せ、自分は転生前は信じていた人間に毒殺されたのだ。注意深く振る舞う必要がある。


「俺は……誰だ?」


 とりあえず、記憶喪失のフリをした。


 女と男は、互いに顔を見合わせた。


 やがて、女のほうから慎重に切り出してきた。


「何も、おぼえてないの……?」

「全然。まったく」


 言葉づかいにも気をつかう。このクロードという男は、性格が厳しそうな見た目をしている。おそらく、喋り方もこんな感じで、ぶっきらぼうなのだろう。その演技が上手くいっているのか、エミールにはわからないが、女は特に違和感を抱いていないようだ。


「オーケー。それじゃあ、少しずつ、ゆっくり思い出していって。あなたはクロード。MP高利貸しの仕事をしているの」

「高利貸し……闇金か」

「まあ、そんなところね」

「俺はいまどこにいるんだ?」

「魔導大国マギルヒカ」


 なるほど、と合点がいった。


 マギルヒカで命を散らせたエミールは、転生魔法により、やはりマギルヒカ領内で復活したことになる。あとは、いまが何年なのか、どれくらい時間が経っているかを、確かめたかったが、それは後回しにした。


 先に、この二人の名前を聞いておきたい。


「ちなみに、お前達の名前は?」

「私はレベッカ。こっちはテオ。あなたが経営する貸金業者『梟の目』のメンバーよ」

「ありがとう。おぼえた」


 さて、もう一つ問題が残っている。


「俺の身に、何が起こったんだ?」


 クロードという人物に転生したのはわかったが、それは、すなわち、転生先の人間が一度死を迎えたということでもある。死んで魂が空になった肉体に、エミールの魂が入り込んだのだ。


 すなわち、クロードは何らかの要因で死んでしまった。その要因を知りたい。


「殺されたの。債務者達にはめられて」

「お前は苛烈な取り立てするからな、相当色んな奴に恨まれてるぜ」


 レベッカとテオの説明を聞き、エミールは、クロードに関する情報をアップデートさせた。なるほど、このクロードという男は、かなり性格に難がある奴だったようだ。そっくりそのまま真似は出来ないにしても、ある程度強気に振る舞うと、それらしく見せられるだろう。


「それで、蘇生魔法を使って蘇らせたの」


 ふむ、とエミールは頷いた。転生魔法を使った後、転生先は自分では選べない。死んだ人間をランダムで選んで、そこに魂が入り込む形で生まれ変わる。しかし、もしも誰かが蘇生魔法を使った場合、その対象となる死体に最優先で入り込む。蘇生魔法の影響で、魂が引っ張られてしまうからだ。


「しかし、よく蘇生魔法なんて使えたな。相当なMPを使用するだろ」

「あ、そういうことはおぼえてるんだ?」

「何となく、記憶はある」


 嘘だ。自分は大賢者エミールだ。魔法のことは誰よりも詳しい。


「魔力バンクから借りたの。1億MP」

「1億MPを、魔力バンクから⁉」


 思わずエミールは驚きの声を上げた。


 魔力バンク。それは、魔導大国マギルヒカならではの特徴的な機関。マギルヒカでは貨幣として、MPをコインに込めた「魔導通貨」が流通しており、その魔導通貨を作り出しているのが魔力バンクだ。


 同時に、魔力バンクは、国内の人間や、他国に「魔力の融資」をしている。


 その魔力バンクより、1億MPを借りた。ということは、これから返済をしていかなければいけない。いったい、返済計画はどんな感じになっているのだろう。


「クロード。もし動けるのだったら、さっそく取り立てに行くぞ。俺達には余裕が無い」

「どういう意味だ?」

「返済だよ。魔力バンクに返さないといけないMP量は、1日1万MPだ。それだけの量を回収する必要がある」

「1万MP⁉」


 マギルヒカでの物価は、エミールが生きていた頃と同じであれば、おおよそ次のような感じだ。


 1MP=飲み物ひとつ買える値段

 50MP=クラブでのセット料金相場

 500MP=クラブでそれなりに楽しむ場合の料金相場

 60,000MP=平均的な勤め人の年収(5,000MP=平均的な勤め人の月収)


 つまり、平均的な勤め人の月収2ヶ月分を、毎日返済しないといけないこととなる。


「どうして、そんな契約をしてしまったんだ⁉」

「だって……! クロードが死んだら、私……!」


 涙目で訴えかけてくるレベッカのことを見て、エミールは、ああ、と納得した。きっと、このクロードは相当頼りになる人物だったに違いない。レベッカもテオも、クロードを必要とした。1億MPを借りてでも生き返らせたかったのだ。


 しかし、魔力バンクからMPを借りるということが、どういうことか、彼らは本当にその事態の重さを理解しているのだろうか。もしも返済不能となれば、最悪の場合、命を取られることだってある。


 そのリスクを承知で、レベッカ達は、クロードを生き返らせたのだ。


 正確には、中身はエミールが入り込んでしまっているわけだが。


 事実を知ったら、レベッカ達はどんな気持ちになるだろう。そのことを考えると、なんだか申し訳ない。


「さて、クロード、どうする? 生き返ったばかりですまないが、取り立てに行けるか?」

「行くよ。行かないといけないだろ。ちなみにそいつらには何万MPの貸しがある?」

「3万MP。3日はもつ」

「オーケー、さっそく行こう」


 エミールは、ふと、部屋の隅のコートかけに、羽毛付きの黒いコートがかかっているのを見つけた。あれは、クロードが着ていたものだろう。


 シャツ一枚だけでは見た目に迫力がない。エミールは、コートを手に取り、羽織ってみた。鏡で自分の姿を見れば、実にサマになっている。いかにも悪辣な高利貸しといった風情だ。窓の外を見れば、いまの季節は春のようだ。まだコートを着ていても、そう暑くないだろう。


 エミール=クロードは、レベッカとテオを連れて、外に出た。目指すは債務者達がいる町工場である。魔法が使えない体であることに一抹の不安をおぼえてはいたが、四の五の言っていられる状況ではなかった。とにかく取り立てをする必要があった。

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