第5話 魔女王の圧政

「アスマが……死んだ……? 殺された……?」


 エミールは気が遠くなるような錯覚をおぼえて、フラッとよろめいた。自分が蘇るまでの21年間で、何が起きていたのか。


 いや、それよりも、問題は当てにしていたアスマがいないことだ。自分の事情を説明してもすんなりと理解してくれて、さらに秘密にしてくれているであろう信頼の置ける相手は、アスマくらいしかいなかった。


 司書は申し訳なさそうな顔をしている。十代後半くらいの少女。眼鏡をかけていて、黒髪ポニーテールで、真面目そうな見た目だ。エミールの役に立てなかったことを気に病んでいるのだろう。


「あまり、この話はすべきではないのですが」


 と、司書はエミールの耳元に顔を近寄せ、囁き声で話を続けた。


「魔王大戦後、ナラーファ様がマギルヒカの女王となってから、多くの血が流されました。意に添わない者は、何らかの罪を被せられて粛正され、民間でも魔力バンクの苛烈な取り立てによって犠牲者が出ています。不満を抱いている人達は多いのですが、なかなか逆らえなくて……」


 やはりナラーファか、とエミールは怒りを覚えた。


 彼女は、権勢を手にするために、自分を謀殺した。それだけでなく、親友であったアスマも殺すとは。


「六英雄のメリッサ様も、大戦の5年後に、スラムの者達に襲われて、無惨な最期を遂げました……ですが、その裏には、やはりナラーファ様が関与していたのではないか、と噂されています」

「メリッサまで⁉ なんで、どうして……!」


 共に魔王大戦を戦い抜いた、大事な仲間。マギルヒカの権力には興味なく、市井に紛れて、平和な生活を送ることを決めたはずだ。それなのに、なんで、彼女まで命を落とさなければいけなかったのか。


「ところで、あなた様は、いったい……?」


 司書は不思議そうな目で、エミールのことを見てきた。


 少し喋りすぎたな、とエミールは反省した。つい、アスマやメリッサの旧知の者としての発言になっていたが、年若いクロードの姿で言うような内容ではなかった。


「いや、ある人から頼まれて、伝言を渡しに来ただけなんだが、肝心の相手がいないんだったら、しょうがない。帰るとしよう」


 長居は無用、とばかりに引き返そうとしたが、後ろから、司書がエミールの腕を掴んできた。


 眼鏡の奥の眼差しが、必死なものに変わっている。


「あの……! あなたは、闇金のクロードさんですよね」

「そうだけど、よくわかったな」

「有名ですから。その特徴的な黒ずくめの服装で、すぐにわかりました」

「で、何の用だ? わざわざ引き止めて」

「お願いがあるんです」


 切実な想いが溢れ出て、司書の瞳が潤んでいる。


 うっ、とエミールは言葉に詰まった。女の子の、こういう表情には、めっぽう弱い。大賢者として活躍している時も、色んな女の子に頼み事をされて、断りきれず、余計な手間を増やしてしまっていた。結果、魔王大戦の終結が3年延びた、とも言われている。


 駄目だ、断れない。


「な、なんだ? どんなお願いだ?」


 もしかして、闇金である自分に金を貸してくれ、とでも頼んでくるのだろうか。


「あの……お耳を」


 司書に求められるままに、エミールは耳を、彼女の口の前へと近付けた。


 再び、司書は囁き声で、お願い事の内容を伝えてくる。


「アスマさんには娘がいました。いま17歳になります。ミナちゃんって言います。その子を助けてあげてほしいんです」


 あいつに娘が……⁉


 感慨深い思いに包まれたのも束の間、司書の話を続けて聞いているうちに、エミールは段々と眉をひそめていった。


 アスマの娘は、大変な目に遭っているようだ。


「禁断の魔道書を所持していた罪で、アスマさんは処刑されましたが、それだけでは済みませんでした。家族もまた同罪とみなされ、奥様は処刑、遺されたミナちゃんは、女王から賠償金の支払を命じられました。とても一生かけても払いきれないほどの多額の賠償金を」

「いくらだ」

「1億MPです」

「またそれかよ……」


 圧政にもほどがある。ナラーファには人の心が無いのか。こんなやり方を続けていれば、マギルヒカはいずれ崩壊してしまう。そんな簡単なこともわからないような、愚かな女ではなかったはずだが、いったい、何を考えているのか。


「当然、ミナちゃんは逃げました。いまはどこに隠れたのか、行方知れずです。でも、魔力バンクのスイーパー部隊が、ミナちゃんを追って動いています。あいつらの手にかかれば、この世界のどこに隠れていても、きっと見つかってしまいます。だから……」

「つまり、俺に、そのミナちゃんを助けろと? そういうことか?」

「ええ。引き受けてくれませんか」


 エミールは、秒で結論を出した。


 女子の頼みを断るのは、これ、大賢者としてのプライドが許さない。


「いいぜ。見つけ出して、助けてみせるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 司書はたちまち表情をパアッと明るくした。これだ、この顔だ、とエミールは嬉しくなった。女子のこういう顔に、自分は弱いのだ。


「ひとつ、用意してもらいたい物がある」

「はい、なんでしょうか?」

「ミナちゃんが身に着けていた物、なんでもいい、君は持っていないか? 現在地を探るのに必要なんだ」

「髪飾りならあります。以前、譲ってもらったんです」

「それでいい。持ってきてくれ」


 人の居場所を見つけ出す探査魔法「サーチング」を使うのに、探す相手が所持していたアイテムは必要となる。髪飾りなどはまさにうってつけのものだ。


 問題は、MPが足りないことだ。いまの残MPはおそらく20ほど。サーチングは便利な分、ショックウェーブより消費MPは多く、100MP必要となる。


「君のいまの保有MPはどれくらいだ?」

「え、私ですか。えっとですね」


 司書は、腕輪を確認した。そのアイテムのことを、エミールはよく知っている。マジックバンドだ。現在のMP等、自身の魔力に関するあらゆる情報を確認できる、便利なアイテムだ。クロードはMP0だから必要なく、所持していなかったのだろうが、いまのエミールには必要なものだ。どこかで手に入れないといけない。


「いま、320MPです」

「100MPほど拝借してもいいかな」

「え? 構いませんけど……どうやって借りるんですか?」

「そういうスキルを持っているんだ」


 その後、二人は外へ出て、ひと気のない図書館裏へと移動し、ミナを探すのに必要な髪飾りを場に用意すると、サーチングを使って居場所を探し出した。


 どうやら、いま、ミナはスラム地域にいるようだ。


「よーし、それじゃあ、ちゃちゃっと見つけて、保護するか」

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